"あの日"がやって来た

≪毎日がコンサートの本番です≫

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"Let's Sing NIPPON Project", etc.
URL : http://papalin.yas.mu/W306/

  ◇公開日: 2012年3月11日
  ◇演奏時間: 1時間44分14秒
  ◇録音年月: 2012年3月 (51歳)
   上のアルファベットの曲目名を
    クリックして、Papalinの音楽サイト
    からお聴き下さい。(視聴?・試聴?)



今朝起きて、最初に思ったこと。
『ああ、嫌な日がとうとう来てしまった。』

毎年訪れる9月11日も同じ。
そういう日が今年から一日増えてしまった。


この一年、色んなことを考えた。考えたけれど、正直殆ど行動できなかった。
それどころか、醜い考えも頭を占領した。


  ・支援という言葉が上から目線で仰々しいもののように思うようになった。
  ・人前で募金できなくなった。ネットでの募金しかできない。
  ・あまりに多く目にしたり耳にすると、絆という言葉が軽く思えてしまう。
  ・気を紛らわそうと始めた畑仕事は、かえって考え事をしてしまう。
  ・海辺に住んでいなくて良かったと思ってしまった。
  ・原発が近くになくて良かったと思ってしまった。
  ・計画停電のない中部電力傘下で良かったと思ってしまった。
  ・比較的地震の被害の少なかった二本松は行けたけど、近隣の悲惨地は訪れられなかった。
  ・人間が犯し易い誤りに対して、自らと家族の命を守るのは自分自身だと再認識した。
  ・そう言いつつも、災害に対する備えは、殆どしてない。
  ・命について、初めて真剣に考えた。
  ・大震災について何か書くことはしたくないと思った。
  ・記憶が薄れないようにと語り続けている人を見て、すごい精神力だと思う。
  ・私自身は自ら語らなくても記憶は薄れないと思う。
  ・現地に行って被害に会われた方と対面するなんて、気の弱い私にはできない。
  ・一人の労働力として黙々とボランティアをされている人を、本当にすごい人だと思う。


こんな情けない自分だが、何かしないといられないという思いがあった。
一つの震災パフォーマンスのようで嫌なんだけど、震災に関する音楽室を作った。
自分ができることを何かしようと思って行動したということだけは事実である。



昨日、「アンサンブル信州」の素晴しい音楽に出会った。
14時開演で、第一部が終わったとき、そう、ほぼ"あの"時間に、
奏者のお一人のフルーティストがマイクを手にした。

   「明日、あの日がやってきます。
    皆さまとご一緒に黙祷を捧げたいと思います。ご起立下さい。 ---
    黙祷 ---
    ありがとうございました。」

私は必要最小限のこの言葉と行いに、いたく感動した。
それ以上を語ってしまうと、それらは全て薄っぺらく聴こえてしまう。
"あの日"という言葉を使われたのも、それで必要十分だと思った。
一流の音楽家たちの素晴しい演奏とともに、彼等の落ち着いた知性を感じた。



人それぞれに、あの日に対して思うことがあり、善意の行動がある。
その全てが、正しい行いだと思う。



今日、私はフォーレのレクイエムを歌いに行く。



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この記事へのコメント

2012年03月27日 13:50
同じ思いが、書かれていて、そうです、そうですと、頷きました。
3月11日は、自分に出来ることを、自分なりにやっていこうと、改めて思った日です。
それもしばらく経たないと、言葉にならなかったです。
Papalin
2012年03月27日 20:09
◆◆ しばらく経たないと、言葉にならなかった・・・

沙羅さん、ありがとうございます。
そのお気持ち、共感するところです。

> 自分に出来ることを自分なりにやっていこうと改めて思った

それも同感です。

私は汚い腹の内を吐露しましたが、自分を楽にするために、そうせざるを得ませんでした。でも、そう思った醜さは、転じて反面教師になるものです。

また朋に会いに行きます。