◇IL DIVO◇ 涌井裕未さん

 涌井純子さん(※)から、メールを頂戴いたしました。

PAPALIN様 初めてメールをさせていただいております。

有元利夫「7つの音楽」は田鎖大志郎先生の作品を
32年前、姉 故・涌井裕未と多田先生が初演をし、
録音テープ付きで共作をしたものです。
この曲を、ブログで演奏をして下さっていることに
深く感謝をしています。ありがとうございました。



涌井純子さんは有名なハープ奏者であり、
音楽教育にも熱心に取り組んでおられる方です。

その純子さんのすぐ上のお姉さまである涌井裕未さんが、
この「7つの音楽」を初演なさったそうです。

↑こちらのサイトに入って、
画面の楽譜をクリックしてみて下さい。
初演メンバーである涌井裕未さん、
リコーダーの多田逸郎さんと島田暁子さん
による演奏を聴くことができます。
私の演奏とは、ちょっと違いますね。(^-^ )


残念なことに、お姉さまは1981年に、
まだ28歳でお亡くなりになられたとのことです。

存命でいらしゃったら、今でも「7つの音楽」を
聴かせて下さったことでしょう。惜しまれます。
そして私のこのチェンバロ多重演奏を聴かれたら、
何と仰ったでしょう。(^_^;)


有元さんの絵からリコーダーに繋がり、
こうしてまた音楽の世界へと広がって行く・・・。
実は、メールを下さった涌井純子さんと私も
接点がありそうです。

不思議です。

私の拙い演奏とブログをお知りになり、
妹さんがメールを下さったことに感謝しております。


画像
【 故 涌井裕未さんの残されたLPレコード 】



 ※ 純子さんは、正しくは"蒓子"と書かれます。(純の上に旧草冠がつきます。)


"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""




Papalinの一風変わった人生を応援して下さる方、
このボタンをポチッと押して↓下さると嬉しいです。 m(__)m

にほんブログ村 音楽ブログ 楽器・音楽機材へ
にほんブログ村

この記事へのコメント

juntan
2011年04月30日 17:45
Papalinさん ありがとうございます。「7つの音楽」の録音には有元利夫さんも立ち会っていたそうです。「録音に立ち会った時は不思議な感じでした。いつも絵を描きながら「音」を思い浮かべていたのが、その日は耳からじかにコマクを通して聞こえてきたのですから。ちょっととまどいもありました。規定されてしまったような。でも、とても嬉しかった。」有元さんの評伝「早すぎた夕映」に書かれていました。
2011年04月30日 20:24
◆◆ 規定されてしまったような。

juntanさん、ありがとうございます。
有元さんの頭の中では、きっと常に音楽が鳴り響いていたことでしょう。私は田舎の山麓で暮らしておりまして、春になりましたから、晴耕雨演の日々を送っております。雨が降らない日には庭仕事をしていますが、庭に出ていましても常に音楽が鳴っています。登場する曲は、最近演奏しているルネサンス、バロックの曲ではなく、ここに書くのも憚れるような、非常にポピュラーな曲です。でも、音楽に満ち溢れた生活、それは実際に音として聴こえようが、頭の中でだけ鳴っていようがどちらでもよいのです。それが私の幸せです。

「規定されてしまった」というのは、有元さんの研ぎ澄まされた感性から発せられた、とっても素直な言葉だと思うのです。

純子さん、私は有元さんに、多重録音ではありますが、私の演奏を聴いて欲しかったと思っています。そして、有元さんとお話がしてみてかったと思います。有元さんも、そしてお姉さまである裕未さんも、あまりにも早い旅立ちでした。早すぎた夕映・・・です。

今後の益々のご活躍を祈念しております。

PS:Juntanというニックネームが、ちょと意外でした。(^-^ )
 
2011年05月02日 05:40
juntanさま
このたびは懇切なメール、そしてコメントをありがとうございました。
有元さんの作品と田鎖さんの音楽は私の中で美しいハーモニーを奏でております。絵を描きながら、心の中で自由に音と戯れ、変化する旋律に耳を傾けていらしたであろう有元さんが「規定された」と感じられたことは、実感だったことと想います。同時に「嬉しかった。」とも仰っていらしたと伺い、形のないものに形を与えられた事の戸惑いと喜び、そして一種のはじらいのようなものも感じます。

お姉さまのチェンバロ演奏、試聴させていただきました。
あまりにも短かったその一生ではありますが、凝縮され、燃焼し続けた28年間でもあったことと思います。今私たちが、出来ることは、お姉さまと、お姉さまの演奏を忘れないこと、それが「永遠に生きる」と言う事なのでしょう。
僭越ではありますが、私たちも、jyuntanさんとご一緒に、お姉さまのことを想い、偲ばさせていただきたく思います。
jyuntannさんのこれからのご活躍をお祈りいたします。
2011年05月02日 22:11
ごぶさたしております。
いつもいつもすごいパワーで、次々にアップされているPapalinさん、すごいです。敬服いたします。!(^^)!
この有元利夫さんの絵は、本当に音楽が鳴っていましたが、こういうこともあったのですね。ちょっと驚きです。絵画と音楽、別のものに見えて、同一性を持つものですね。
juntanこと涌井純子
2011年05月02日 22:27
Papalinさん、aostaさん、
このようにご紹介頂いている事に、改めて 本当に深く感謝をしています。
本当にありがとうございます。
「7つの音楽」の録音時、どの様な感じだったのか、どの様な指示が出たのか、もし姉・裕未が生きていたら聞きたかったです。その頃、私は中学生でしたので、姉の仕事を理解するのには幼すぎました。でも有元さんが仰っていた「規格されてしまったような。」という困惑、そして「嬉しかった。」という喜びが入り混じった様な想い、解るような気がします。
Papainさん、aostaさん、今後とも よろしくお願いします。
Papalin
2011年05月03日 04:58
◆◆ 戸惑いと喜び、そして一種のはじらい・・・

aosta、ありがとう。
自分の絵に、音楽がつく。
それは一体どんな気持ちでしょう。
やっぱり、戸惑いと喜び、そして一種のはじらいなのかもしれませんね。規定されたという気持ちもわかりますし、嬉しいという感情もその通りでしょう。

涌井裕未さんのチェンバロは、骨格の非常にはっきりとした演奏だと感じました。
 
Papalin
2011年05月03日 05:12
◆◆ いつもいつもすごいパワーで・・・

沙羅さん、ありがとうございます。
そうですね。この4年くらいでしょうか、本当に音楽(演奏)にとりつかれていますね。何時まで続くことでしょう。(^_^;)

> 絵画と音楽、別のものに見えて、同一性を持つものですね。

本当に。そう思います。この絵は特に・・・です。
美術館で、実物をみたときに、まさに音楽が流れ出ていました。そのときはまだ「7つの音楽」という曲は知らなかったのですが、家に帰ってきて、買い求めた画集の中に小さな楽譜があったので、拡大コピーして演奏しました。銅版画集「7つの音楽」と、組曲「7つの音楽」が、見事に重なりました。

沙羅さん、大震災ではお困りごとや心配事が絶えないかと思いますが、必ず普通に戻るときがやってきます。気を長くもって下さいね。

PS:涌井さんから、その後、メールを頂戴しました。
  沙羅さんにも宜しくお伝えくださいとのことです。
 
Papalin
2011年05月03日 05:19
◆◆ どの様な感じだったのか、どの様な指示が出たのか・・・

juntanさん、ありがとうございます。
歌以外の音楽でしたら、オーナーは作曲家。でもこの銅版画集「7つの音楽」には、有元さんという、もう一人のオーナーがいたわけで、それを考えますと、演奏録音風景はどんなでしたでしょう。有元さんは、ただ受容しておられたのか、田鎖さんは、どのように有元さんの心を察しておられたのか、また3人の演奏者たちは、何を思って演奏されたのか・・・。想像することは楽しいことです。

PS:ネットで拝聴できるヘンデルのラルゴ、
  アレンジも演奏も素敵でした!
 
juntan
2011年05月04日 22:52
Papalinさん、CD試聴してくださった上にお褒めのお言葉ありがとうございます。昔のアレンジ、演奏ですので もっと良いものになるよう精進いたします。
姉 涌井裕未の演奏「骨格の非常にはっきりした演奏を感じた。」あのころのバロックはそれが求められていたと記憶しています。姉、喜んでいるでしょう。重ね重ね御礼申し上げます。
Papalin
2011年05月05日 07:43
◆◆ 昔のアレンジ、演奏ですので・・・

juntanさん、ありがとうございます。
昨日、そのCDが郵送されて参りました。
お心遣い、ありがとうございます。

早速聴かせて戴いて、感想も含めまして、ブログを書き始めたのですが、おそらくブログ用のサーバーの理由でだと思うのですが、書きかけの記事が途中でぶっ飛んでしまいました。
。・°°・(;>_<;)・°°・。

ラルゴは非常に興味深いアレンジ、そして演奏だと、改めて感じました。その前の曲、シューベルトの鱒も、オリジナリティ溢れる、素晴しいアレンジ、演奏でした。ハープの音色がいいですね。(^-^ )

バロック音楽の演奏スタイルは、この50年で随分と変わりましたね。ちょうどその変化の真っ只中で私たちはバロック音楽に接してきたわけです。素人の穿った見方ですが「バロック音楽はこうあるべし」という"規定"が大きすぎるのではないかと感じています。トリル一つにしても、上からかけなさいと乱暴に仰る方がいますが、上からかけられない場合だってありますよね。その時には、自然と下からかけるでしょうし(私はそうします)、アーティキュレーションの指示のないところだって、良識の範囲内で装飾しますし・・・。そういうことも含めて、もっと"感じて表現すること"に寛容であってほしい、もっと自由であってほしいと思うのです。

PS:沙羅さんからjuntanさんへのお言付けです。
 「涌井さんに機会がありましたら、お伝えいただけますか。
  とてもよい演奏を聴かせていただきました、と。」
 
juntan
2012年04月20日 22:51
ご無沙汰しています。沙羅さんにどうぞ よろしくお伝えくださいますか?
ありがとうございます、嬉しく思いますと。
Papalin
2012年04月21日 03:07
◆◆ よろしくお伝えくださいますか?

juntanさん、ありがとうございます。
承知しました。(^-^ )