◆IL DIVO◆ 聖野菜祭(セント・ヴェジタブル・デイ) / さだまさし

≪生演奏を公開しています≫

画像
Saint Vegetable Day / Sada Masashi
URL : http://papalin.yas.mu/W907/#M025V03

  ◇公開日: 2010年12月01日
  ◇演奏時間: 4分43秒
  ◆録音日: 2010年12月 (49歳)
   上のアルファベットの曲目名を
    クリックして、Papalinの音楽サイト
    からお聴き下さい。(視聴?・試聴?)



さだまさしの聴き手としては
僕は非常にレアなリスナーだと思う。

さだまさしくらい有名な人になると、
彼の曲や演奏だけでなく、
人、生い立ち、考え方、やがては選挙出馬まで
色々な人が勝手に言ったり書くようになる。

それは、こういう世界にいる人なので仕方のないことではあるが、僕は、そういうのが何となく嫌いな口だ。さだまさしという対象に限らず、僕の中には、まずは本人と対峙してみたいという気持ちが強くあるからなのだと思う。外堀から埋めてかかるのは、僕の戦法ではない。さだまさしは例外だが、殆どの曲を演奏する際に、楽譜を対峙してかかるのは、きっとその表れであろう。

またもう一つ、僕は彼のコンサートにも一度も行ったことがない。行けばきっと、自分も楽しむことは請け合いなのだが、何故か行こうというところまで至らない。熱心に誘って下さる方もいて、恐縮だし、僕もはっきり断わらないからいけないのだが、基本的に"行きたくない"という気持ちが胸にある。


これらを上手く表せないのだが、僕は、さだまさしを、ある偶像の世界に置いておきたいんだろうね。学生時代以降、殆どラジオも聴かなくなったし、映像も見なくなった。LPやCDの中で歌を歌うさだまさし、僕にとっては、今のところそれで充分だし、今後も多分、そうなんだろうなと思う。

でもって、なぜこの曲のところでそれを書いたのかというと、例えばこの曲、とっても楽しいで終わってしまいがちだが、僕はこの曲は彼なりの平和を歌った歌だと思う。そんなことを書くとまた、♪戦争のない平和な街・・・のところをピックアップして、これは、さだまさしの反戦歌だなどという人もいるんだろうけれども・・・。


追伸:ナレーションは本当はやりたくなかったんだけど、それがないと、この歌が収まりよく終わってくれないので・・・。




楽譜はこちらを使っています。初期の作品ほど収録されているので買いました。


歌詞はこちらが便利です。


使用楽器

  うた        Papalin
  ギター       クラシック・ギター   ジャンク品
  リコーダー    メックのアルト(オリーブ)




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この記事へのコメント

2010年12月09日 07:19
「レベル3」はジャック・フィニーの小説のタイトルでした。存在しないはずの地下三階に広がるノスタルジックで不思議なanother worldの物語です。
私には、ブラッドベリ的とも萩尾望都的とも言える「セント・ヴェジタブル・デイ」

「僕はこの曲は彼なりの平和を歌った歌だと思う」
同感です。
でもこの歌の世界で「アメリカ文明」は既に失われたもの、つまり最終戦争後の新世界の平和なのですね。
お金持ちではない「野菜持ち」にあこがれる少年。
でもこの世界にも身分の違いや出世のための競争がある・・・
「平和な時に生まれて 良かったな」「戦争の無い平和な町 」と歌われるこのレベル3。
明るく愉快なリズムとメロディがお気に入りの曲ですが、よくよく歌詞を聴いてみると複雑な気持ちになってしまいます。

そうそう、冒頭でリコーダーが演奏する「三つの音」!
「未知との遭遇」の、あのメロディですね。
いろいろなモチーフをモザイクのようにちりばめて、一つの世界をつくりあげてしまうさださん。もしかして魔法使いだったりして。
Papalin
2010年12月11日 09:25
◆◆ もしかして魔法使いだったりして。

aosta、ありがとう。
さだまさしには、彼の空想世界があるようで、それは彼自身がライナーノーツ等でも書いています。この聖野菜祭は最たるもの、そして今迄僕が歌ってきた歌の中にも、この世界を歌った歌があるようです。そのものズバリの、"魔法使いの弟子"なんかもそうでしょうね。彼はそれを、マサシング・ワールドだかタウンだとか言ってるようです。

この歌で不思議なのは、未来の世界を歌っていながら、どうして、さだまさしさんはずっと生きながらえていたでしょう? ということです。(^_^;)