◆IL DIVO◆ ノートルダム・ミサ / マショー

≪生演奏を公開しています≫

画像
La Messe de Notre Dame / Guillaume de Machaut (1300-1377)
URL : http://papalin.yas.mu/W018/

  ◇公開日: 2010年12月11日
  ◇演奏時間: 28分2秒
  ◆録音日: 2010年12月 (49歳)
   上のアルファベットの曲目名を
    クリックして、Papalinの音楽サイト
    からお聴き下さい。(視聴?・試聴?)



現在確認されているものとして、
最も古い、多声によるミサ曲がこれ。
600年以上前に作られた曲。

この時代の曲に耳が慣れていないと、
一体これはどういう音楽なのだろうと
首を傾げたくなるかもしれない。

特に、終止に導かれる和音は、現在私たちが耳にするものとは大きく違う。
この音楽は、ひょっとしたら東欧やトルコ、ひいては西アジアのものではないかと思ってしまう。
しかし、この終止に味をしめてしまうと、この世界から抜け出られなくなってしまうかも知れない。

所々、これでいいのだろうかと疑問に思う音もあるが、楽譜の通りに演奏しているつもり。ひょっとしたら僕が間違った音を出しているのかもしれないが、突然、現代っぽい和声になるところがあった。


ルネサンスやバロック時代のミサ曲は、Agnus Deiで終わる。
この曲には、Ite Missa est(行きなさい、ミサは終えた)が多声音楽として入っている。
珍しいというべきか、これが最古のものだとすると、当時はそうであったのか、疑問。



楽譜はエオリアンさんからの拝借。研究者タイプのエオリアンさんには、本当に助かっている。



使用楽器

    A1パート:   バス         ヤマハ   メイプル
    A2パート:   バス         ヤマハ   メイプル
    T1パート:   グレートバス   キュング  メイプル
    T2パート:   グレートバス   キュング  メイプル




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この記事へのコメント

2010年12月12日 23:50
おお、ついにこんなところにまで…(笑)。
この”異世界観”がたまりません。
Papalin
2010年12月13日 00:17
◆◆ この”異世界観”がたまりません。

たこすけさん、ありがとうございます。
リコーダー・アンサンブルの世界には、エオリアンさんという、ものすごく強い味方がありまして、毎日のように曲をリコーダー・アンサンブル用にアレンジして楽譜を提供して下さるのです。まさかノートルダムミサはあるまい・・・と思っていたのですが、見つけたときには第一の感動、そして自らの手でこの異世界的な音を再現したときに第二の感動、そして今こうして第三者として聴ける第三の感動。本当にありがたいことです。
 
2010年12月13日 07:00
世界の境界が、滑りながら傾いて行くような和音は、私の平衡感覚をあやうくしそうです。ノートルダム・ミサの不思議な音の世界はヒディガルド・ヴォン・ビンゲンの音楽のように宇宙的、天体的な和音で私を揺すりました。
「異世界」とは、的を得た言い方ですね♪

>Ite Missa est(行きなさい、ミサは終えた)
この司祭の言葉でカトリックのミサは終了するのですが、音楽の中で、それもポリフォニーで演奏されるのは私も初めてです。
Gemini
2010年12月14日 00:10
こんばんは Gemini です
(出張先からのコメントです)

とうとうマショーですね。

学生のころ手に入れたNotre Dame Mass の LPが手許にあって、
当時聴くと、「何ぢゃこれは?!」との印象があったのですが、
いまそれを聴いても、そしてPapalin さんの演奏を聴いても
その印象は多分あまり変わりませんが、例えば、ペンデレツキなどに何か通じるものがありはしないか…
この異世界感にはそんな可能性をがあるかもしれません…

◆◆Ite Missa est…が…入っている…当時はそうであったのか、疑問。
私の手許のLPでは、この"Notre Dame Mass" は、
"Assumption" のときのミサの為につくられたものであるためとの解釈で、
Kyrie,Grolia,Credo,Sanctus,Benedictus,Agnus Deiと"Ite"に加え、
グレゴリオ聖歌で、別の曲が挿入されていますが、
そのLPの解説では、通常、本格的なミサでは、
ポリフォニーで書かれたKyrie…Agnus Deiの6曲セット
(これがOrdinaryでコンサートなどで演奏される)に加え、
それぞれのミサの目的にあった別の曲
(これがProper)を加えるのが普通と書かれてあったと思います。
ところが、14世紀以降"Ite Missa est"は、ポリフォニーで書かれなくなった
とも書かれています。

--ちょっと薀蓄--
ご存知でしょうが、今時よく聞く英語の「アイテム、item」は
"Ite Missa est" ミサは終わりぬ(≒これがミサの一切である)
から「そのものの一切」というのが語原であったとか。
そうすると、今はない"Ite Missa est"も結構世の中に根付いていた、
そして今も…
2010年12月14日 10:15
Papalinさん、ちょっと場所お借りします。

aostaさん、
リンク先のヒルデガルド・フォン・ビンゲンについての記事を読ませていただきました。
こんな人がいた事を初めて知りました。正直びっくりです。
ありがとうございます。
Papalin
2010年12月14日 22:30
◆◆ ヒディガルド・ヴォン・ビンゲンの音楽のように

aosta、ありがとう。
ビンゲンだと、マショーより更に100年遡りますね。
修道院の女性の作曲家でしたか、多才な人だったようです。
この時代はまだ、女性が宗教曲など!・・・という時代ではなかったのですね。
才能は性別問わず、ある人にはあり余るほどあります。それも幾つも。

確かにビンゲンの曲も、マショー以上に、聴きなれた西洋音楽とは異なります。この手の音楽に嵌ったら、後の世の音楽なんて軟弱で・・・なんて思うようになってしまうかもしれませんよ。

Ite Missa estには僕もビックリしました。
ちなみに、エオリアンさんのサイトでは、別の名前の曲になっていました。そちらが正しいのかもしれません。でも歌詞は間違いなく、Ite Missa estです。
 
Papalin
2010年12月14日 22:47
◆◆ 例えば、ペンデレツキなどに何か通じるものがありはしないか

Geminiさん、出張先から、ありがとうございます。
そうなんです。僕も似たようなことを感じました。
この時代の音楽って、バロックや古典派や、特にロマン派の甘~い音楽と違って、とっても"現代音楽的"と感じました。回帰現象ではないとは思うのですが、ホルストの惑星よりも、モーツァルトの41番よりも、遥かに宇宙的な感じがします。

そうなんですか、Ite・・・が書かれなくなったのは、14世紀以降なのですね。僕らがよく耳にする音楽は、大抵が16世紀以降ですし、ミサ曲に至っては、この曲が多声での最古の現存ミサ曲だということから、そのことを知らないで来てしまった、aostaも書いているように、Ite Missa estは、司祭の言葉というのが当たり前になってしまったのですね。

グレゴリアンに関しては、私の演奏でも、Kyrieの中に3回登場しています。この曲を編曲されたエオリアンさんがお持ちのCDがそうであったということと、原曲はかなり繰り返しの指定が多く、リコーダーで演奏する際には、ちょっと退屈してしまう・・・という辺りが理由のようでした。
 
Papalin
2010年12月14日 22:50
◆◆ 正直びっくりです。

たこすけさん、ありがとうございます。
ビンゲンは、aostaから教えてもらったのですが、
マショーのミサ曲の異世界観がお好きなら、
是非一度ビンゲンも聴いてみて下さい。素敵です。
 
Gemini
2010年12月15日 00:24
こんばんは Gemini です

考えがあるわけではないのですが、
以下はふと沸き起こった疑問です…忘れないうちに

★★Ite…は司祭の言葉
確かにその通りで、これがポリフォニーとして
Machaut以後ないようなのですね。
一方、パレストリーナやモンテヴェルディその他多くのミサ曲の
GloriaやCredoでは、ポリフォニーで書かれているのは
Et in terra pax hominibus そして
Patrem ominipotentem 以降のテキストで、
司祭が先ず
Gloria in excelsis Deo や
Credo in unum Deum を
(グレゴリオ聖歌で)発するのですね。
ところが、例えばBachやそれ以降では
これらもひとつの大きな曲としてポリフォニーとして書かれていますね。
(私は当初むしろそれに違和感を若干感じたことがあります)
けれど、Ite は書かれたことがない。
何故だろう…
例えば、カトリックとプロテスタントの違いなのか?
…妙な問いかけで済みません
2010年12月15日 06:25
たこすけさん

長いこと御無沙汰したままですみません
ビンゲンの音楽は、もしかしたらマショーより過激かもしれません。
一種異様とも言えるマジカルな音世界です。
もし機会がありましたら一度聴いて見て下さいな。
2010年12月15日 07:19
"Ite Missa est"

この言葉でミサが終了したことを告げられると、何かほっとしながら席をたった昔を思い出します。私が小さかった昭和30年代カトリックの式次第は未だラテン語でした(笑)。
カトリックのミサとプロテスタントの礼拝は、進行の仕方や形がずいぶん違うところがあります。
「不確かな記憶で申し訳ありませんが Gloria in excelsis Deo や
Credo in unum Deumはカトリックのミサの中の「言葉の典礼」と言われる場面で、司祭がグレゴリアンの旋律で先唱し、信徒がそれに続いて唱和するという形であったように思います。

>例えばBachやそれ以降では、これらもひとつの大きな曲としてポリフォニーと して書かれていますね。

これはバッハに、何かプロテスタントとしてのこだわりがあったのかしら??
カトリックとプロテスタントは、聖書の解釈上の違いだけでなく、神父(司祭)と牧師は、その役割の意味が違うだけでなく、信徒との距離感もずいぶん違う様に思います。焦点の定まらない安易なコメントですみません
Papalin
2010年12月16日 19:50
◆◆ 私は当初むしろそれに違和感を若干感じた・・・

Geminiさん、ありがとうございます。
私も考えがまとまってはいませんが、つらつらと書いてみます。

私がミサ曲に興味を持ち始めたのは恐らくモーツァルトやフォーレの死者のためのミサ曲辺りからだと思います。そしてその後、普通のミサ曲を聴くようになりましたが、それらはバッハ以降のものでした。そんな経過でしたから、司祭の先唱を耳にするのは、かなり後になってのことでした。ですから、初めて司祭のいわゆる濁声(喉声)の先唱を聴いたときには、正直オエっていう感じがしました。面白いですね、Geminiさんとは逆に入っていますので、違和感を覚えるところが逆でした。

Ite Missa est については、私の馴染んだ時代のミサ曲には登場しません。合唱団に入って、ミサ曲を初めとする宗教曲を歌うようになった頃、ミサ曲とはなんぞやを知るために、本を読みました。そこで知ったのが、Ite Missa estであり、ミサ曲という名の由来は、ここから来ているのだということを覚えました。でも、Ite・・・が楽譜で音楽で書かれているのを知ったのは、このマショーでした。

キリスト教とキリスト教音楽の歴史を学び直さないといけないようです。
 
Papalin
2010年12月16日 19:53
◆◆ マショーより過激かもしれません。

aosta、ありがとう。
最近は、ルネサンス音楽が"当たり前"の音に感じてしまっているので、もう少し遡った中世の音楽は刺激的です。ビートルズの末期が、インド音楽に傾注していったのも、いっときアフリカのレゲエが流行ったのも、アジアのケチャが流行ったのも皆、耳新しさ故のものでしょう。今の僕にとって、中世ヨーロッパの音楽は、それらと同じかもしれません。
 
Papalin
2010年12月16日 20:01
◆◆ グレゴリアンの旋律で先唱し、信徒がそれに続いて唱和する

aosta、ありがとう。
たった半世紀前までは、ラテン語のミサだったのですね。
第2バチカン公会議で、ミサそのものが大きく変わったのは、1965年でしたか。大きく変わったといっても、カトリックのミサそのものは基本的には変わってなく、大きく変わったかに見えるのは、言語が変わったことでしょう。ラテン語を死語と認め、各国の言語でミサが執り行えるようになったこと・・・。これは世俗的には大きな変化といえるのでしょうね。宗教的意味は何ら変わってないともいえるのでしょう。

私のような宗教曲愛好家にとっては、ミサはやっぱりラテン語でやって欲しいなぁと思います。現実の教会に行って、既にラテン語を全く知らない信徒たちに会ったときは、がっかりしたものです。
 
浅学の身としては、プロテスタントのミサは、キリエとグロリアだけ、つまり、ミサ・プレヴィスである・・・と読みましたが・・・。