そして入院

MRI検査は月曜日になるらしい。


6月20日(日)

個室は希望せず、病室は4人部屋の入口側だった。
この建物は考えられている。段差をつけ、入口側にも窓がある。

通路側のベッドなのに、窓があって、こんな景色が見える。
そして広さは4畳半くらいありそうだ。ベッドが狭いのは残念だが。



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【 眼下には素晴しい庭園が見える。あとで行ってみよう。 】





折りしも19日(土)はオランダとの戦いの日だった。
1時間100円のテレビカードを妻が置いて行ってくれた。

しかし眼は疲れている。そして病棟の消灯は21時だった。
ラジオをつけてみた。なんとFMで実況中継をしていた!

こんなことでもなければ、ラジオで観戦なんて・・・。
ラジオのアナウンサーの才能に舌を巻いた。映像が目に浮かぶのだ。



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【 薄型液晶TV。5年もしたら、各部屋iPadつき・・・になっているのかな? 】





日本が負けたのは仕方ない。
でも僕がラジオで観戦させてもらった後半の45分は素晴しかった。

翌朝は右の瞼が腫れているのを実感した。
眼瞼下垂というらしい。

僕は元々左目が二重で、右目が一重。
ただでさえ厚ぼったい右目がより膨らんでいた。

モノの見え方は相変わらずだった。
それがわかったのは、朝5時の敷地外までの喫煙散歩だった。

近頃は病院内どころか敷地内全てが禁煙である。
救急出入口からこそっと抜けて、敷地外まで出なくては吸えないのだ。

これでは職員も大変だ。どこかしこを患っている患者はもっと大変だ。
患者に優しい喫煙場所を提供してもらいたいものだ。

この手の疾患に煙草は良いわけがないくらいは知っている。
それでもダメと断定しないのが最近の医療現場のようだ。

僕も「吸っても良いか?」などと、野暮なことは訊かない。
3人の主治医も、一人の大人としての私に敬意を払ってくれている。



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【 読みたかった本が読めそうだ。拷問も悪くはない。 】




2日目は眼瞼下垂(妻はガンカケンスイと誤認していた)以外、変化はなかった。
病室というのは、いろいろ考えるものである。

4人部屋は、見事なまでにカーテンで仕切られ、
それぞれのプライバシーは守られている。

顔は見えなくても、聴こえてくる声から、
同部屋のクランケはみな、脳疾患のようだった。

見舞いに来た人との会話から、恐らくみな70歳以上だと感じた。
49歳で、同じ病(の疑い)で、こんなところにいる自分が情けなかった。




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【 初日に点滴の針を2回失敗したN看護師はその後2度と現れなかった。 】





一つ誓ったことがある。
重大な決意と言っても過言ではあるまい。

入院時のQ&Aの中に、煙草の本数があった。
「一日19本」と書いた。まんざら嘘でもない数字である。

そして決意した。
18本に減らすぞ!




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この記事へのコメント

2010年06月23日 18:29
とってもとっても困りますねぇ・・・。
しっかりした奥様がお側におられるので安心
だとは思いますが・・・。
( ゜Д゜)y─┛~~
一日18本ぐぁんばれ~~!!
Papalin
2010年06月25日 18:39
◆◆ 一日18本ぐぁんばれ~~!!

書記さん、ありがとうございます。
昨日はプレ退院祝いをありがとうございました。
瓶ビール持参で勝手に押しかけて、美味しい酒の肴と、ワインとブランデーを戴きました。ガーデン・パーティでしたので、煙草は10本くらい吸ってしまいました。(^_^;)

病院では敷地外に行くのが面倒くさかったんだけど、それでもこまめに出かけたなぁ。それでも一箱で3日くらいもったよ。エライでしょ?
(o^<^)o クスッ