◆IL DIVO◆ 受難日に「われらが罪の贖いに」 / メンデルスゾーン

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画像
Am Karfreitage "Um unsrer sunden willen"
URL : http://papalin.yas.mu/W304/

  ◇公開日: 2009年9月10日
  ◇演奏時間: 1分43秒
  ◆録音日: 2009年9月 (48歳)
   上のアルファベットの曲目名を
    クリックして、Papalinの音楽サイト
    からお聴き下さい。(視聴?・試聴?)



この6曲の順番は、メンデルスゾーンが決めたのでしょうか?私は知りません。
最後が、この曲ということに、深く感じるものがありました。

楽譜を見る限り、歌詞を見る限り、こう歌いたいと思いました。
ボリュームは調節しなくて結構です。そう歌いました。


大勢のPapalinたちによる多重録音にて、お聴き下さい。 <(_ _)>


合唱パート

  ソプラノ1     Papalin    (一番で歌っています)
  ソプラノ2     Papalin       ↑
  アルト1      Papalin       |
  アルト2      Papalin       |
  テナー1      Papalin       |
  テナー2      Papalin       |
  バス1       Papalin       ↓
  バス2       Papalin    (一番で歌っています)




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この記事へのコメント

P2
2009年09月11日 09:10
これは極上のピアニシモですね。デュナーミックもPapalinのコーラスならではの可能性というのがあって、いいものをきかせて下さいます。嬉しいです。
Papalin
2009年09月13日 11:17
◆◆ デュナーミックもPapalinのコーラスなら

P2さん、ありがとうございます。
リコーダーのレパートリーと言いますか、リコーダーという楽器の特性から、デュナーミクを多分に必要とする曲はオリジナル曲にはおのずとないのですが、歌はデュナーミクがふんだんに使えるわけで、そういう意味ではバッハ以前の音楽の声楽と、古典派、ロマン派以降の声楽では、趣が異なりますね。

メンデルスゾーンは、バッハを尊敬して止まなかった。そして作った合唱曲も、バッハを意識してはいるものの、新しいこうした音楽に仕上げたのでしょう。

私はルネサンスもバロックも古典派もロマン派も近代現代も、さだまさしの音楽も好きです。
(^-^ ) ニコッ
 
ichi
2009年09月13日 20:44
短い曲ですが、心に沁みますね。出だしのピアニシモは薄暗い早朝の礼拝のようなものを想像させる、清らかな空気感を感じさせてくれます。劇的な展開も素晴らしいですね。最後はいつもより余韻を多めにとっております・・・と染ノ助、染太郎が申しております。
さて、少しだけ気になるのが、ピアニシモのところで、唾液の粘りを感じさせる音を拾ってしまったことです。おそらくこれは日頃の不摂生のせいであり、メンデルスゾーンに言わせれば、一週間くらい断食をして、アルコールと油を出し切らねば、理想の音にならないのだという厳しい教訓なのでしょう。ほんとに厳しい人ですねメンデルスゾーンは。私は完璧だと思っていますのに。
Papalin
2009年09月16日 21:50
◆◆ 唾液の粘り

ichiさん、ありがとうございます。

ぺこ <(_ _)>

ぺこ <(_ _)>

ぺこ <(_ _)>

実は、僕も気づいていました。
というか、低音から重ねていく初期の段階から気づいていました。でもって、それを取り直しせず、そのままにしたのも、僕の意志です。

この6曲を締め括る曲の演奏として、僕は自分でも予期せぬ出来事だったのですが、それを人生の一瞬の産物として、むしろ肯定しました。

> アルコールと油を出し切らねば・・・

あはは。
こちらも予期せず、職場の健康診断で要精密検査になってしまい、明後日、生まれて初めての、大腸内視鏡検査というのを体験します。悪性腫瘍がみつかったら・・・・・・・・・・・・・・・凹むかも知れません。弱虫です!
 
2009年09月18日 07:04
今回の一連のメンデルスゾーン作品、どれもみな素晴らしい演奏だと思いますが、特にこの受難日の歌は、なんと言ったらいいのか適当な言葉が見つかいません。
本来、神の栄光を賛美し、高らかに歌い上げられる「ハレルヤ」。感謝と希望にあふれているはずの「ハレルヤ」が、ここでは重圧にあえぎながら歌われているようです。
キリストの死に照射されたことで今までにも増して明らかになった自らの罪、(もしくは罪の意識)に耐え切れずにいる末期のハレルヤのようです。
そこからは希望も喜びも聴こえてきません。
なんて悲しい「ハレルヤ」なのでしょう。
絶望のどん底で歌われる「ハレルヤ」は、か細いひと筋の糸のように天と地をつないでいるようです。
Ppapalinさんは最後のハレルヤを、どのようなお気持で歌われたのでしょう。あの最後の音にメンデルスゾーンが込めた思いは一体なんだったのでしょう。
Papalin
2009年09月19日 09:31
◆◆ 「ハレルヤ」が、ここでは重圧に・・・

aosta、ありがとう。
ハレルヤの99%は、喜びをそのまま表現する音が使われているのではないでしょうか。メンデルスゾーンのこのハレルヤは極めて内省的です。しかも6曲ある全てがハレルヤで終わっていますが、6曲とも晴と褻のような両極端なものではなくて、微妙に異なっているように感じます。晴れのハレルヤも、褻のハレルヤも。
 
ichi
2009年09月20日 09:57
**6曲とも晴と褻のような両極端なものではなくて・・・

お二人の話に割り込ませていただきます。6曲のハレルヤの意味ですか、興味深いポイントですね。そうやってあらためて聴くと、メンデルスゾーンの心情により近づけるような気がします。神様に向かって話をするときは、悦びを伝える『神様ありがとう!!』的な時もありますし、祈る気持ちで『神様お救いください』というときもあるでしょう。悲しみ=かわいそうではなくて、こういうピュアな祈りの気持ちに美を感じて、いいなぁ・・・と。こういうものに惹きつけられて止まないわけです。
Papalin
2009年09月21日 16:49
◆◆ ピュアな祈りの気持ちに美を感じて

ichiさん、ありがとうございます。
私は常々言ってますが、宗教や宗派に関わらず、祈る人の姿は美しいのです。日本人だと、手と手を合わせてというのがポピュラーな祈りの姿ですが、これも本当に美しいと思います。

> メンデルスゾーンの心情に
> より近づけるような気がします。

もしそのために、私の歌が介在してお役に立てたのなら、こんなに嬉しいことはありません。そしてメンデルスゾーンは、こうした歌を通して、神さまへの橋渡しをしているのでしょうね。いろんな架け橋があって、人は生きていけるのですね。

上手いまとめ方です。自画自賛!