燃える縄文 《1》

7月21日、それは尖石考古館の開館記念日。つまり入場料無料なのだ。


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混みあうだろうと思って、開館と同時(本当は15分遅れ)に行ってみたが、
僕が2組目(僕は一人だったけど)の客とのことだった。
駐車場もがら空き。ラッキーだったけど寂しかった。

実は僕は今、縄文にはまっている。
茅野市で行なわれている「縄文ゼミナール」を聴講している。
地元にいながら、地元のことをしらないからね。
諏訪のでんせつ」を読み直したのも、そんな反省から。
でも、このゼミナールに通いだした理由は、そんな消極的理由ではない!


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「縄文時代を土器の特徴から分けると4期に分かれますが、最近の研究では6期に分けるのが一般的でして、火焔土器など装飾的な文様が見られるのは縄文中期でして・・・」

そんな説明が聴きたくて通っているのではない。
僕の目的は・・・
「なぜあんな劇的な土器・・・つまり器ですよ・・・が紀元前3000年とか5000年に、わが国で作られたのか、その時代の人々は何を思って何を表現したくて、あのような燃えるような土器を作ったのか?」を知りたいがためである。

折りしも縄文ゼミナールのキャッチコピーが僕の琴線に触れた。
「豊かな装飾を施すに至った『縄文土器の美と造形』をテーマに、
その特徴と縄文土器に込められた縄文人の心を探っていきます。」

第1回、第2回は、100%満足した。

言っちゃぁ悪いが、第1回の山下さんも、第2回の土肥さんも、考古学会の中心にはいない人だろう。それは彼らの講演を一字一句聞き逃すまいと最前列中央で聴講した僕の耳が判断した。なぜなら、考古学馬鹿ではないからだ。このお二人のような人に限って、幅広い見方ができるのである。そしてそういう人の話は大変示唆に富んでいる。彼らの広範囲にわたる知識は素晴しい。一方でそういう人に限って当然深い専門知識がある。そういう人に限って、考古学に留まらない美術や彫刻、その前提となる歴史、時には音楽までよく知っている。そしてそれらの知識と感覚が連鎖している。

やっぱり音楽馬鹿はだめだ! 自分の生き方を振り返ってみて、そう痛感した。


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これは当時の土器には色彩があったということを示す実験展示。左が発掘品。右は当時の色彩、模様を想像して描いてみたという現代の作品。黒と赤の漆を使っていたらしい。漆を塗って水漏れを防止したとか。こんなちゃちな模様や色づけじゃなかったんじゃない? と僕は首をひねっている。


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受け売りの浅はかな知識だが、この土器は縄文中期の土器。今から5000年も前。欧州にはまだ歴史や文化なんてない頃の土器だ。見て欲しい。手前に模様があり、奥にそれとすぐわかる人面がある。手前の模様は、人の身体、手や足をデザイン化したものだ。つまり驚くべき事実がここには二つ隠されている。一つは、既にあの時代にデザイン、抽象化がすでに起こっていたこと、そしてもう一つは、ヨーロッパ中世で発見されたと西洋史では恥もなく堂々と書かれている、絵画や美術における遠近法や投影法が、すでに日本では5000年も前に当たり前のように、誰もが行なっていたということ。祭りで火を灯すための器なんて、明らかに、影の絵を想定して作られているんだ。すごいよね!

僕は日本人だから、日本人の祖先がどんなに素晴しかったかを祖国愛で語っているのではない。世界の歴史を見たときに、僕らが義務教育で当たり前のように教わった「四大文明」なんて、嘘八百じゃないかと思ったことだ。やっぱりあれは、ある時代の人々が研究と予想によって作った歴史風推論に過ぎないということだ。欧米人にはどうしても自分たちを正当化しようとする性質が否めない。中にはニュートラルに、縄文の文明や文化を認める欧米人もいたようだけど、大抵は権力で押しつぶされている。なんとも悲しいね人間って。

ちょっと鼻につく話になってしまうが、次の写真の土器を見て欲しい。


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これは情熱的で力のみなぎる縄文中期の時代を経たあとの、縄文時代後期の土器。何も面白くない。まるで弥生人の作った土器のようだ。なぜだ! なぜ進化しない!

それは、こう解釈すべきらしい。

縄文中期には、それまでの道具としての土器が、徐々に特別な場で用いられるもの、つまり祭事に使われる特別な土器に発展していったからだという。土器を作るという極めて日常的な技術が高まり、土器に装飾を施すようになった、つまり特別な技能や技術や感性をもった人・・・芸術家の登場である。なんともロマンティックな推論ではないか。そういう推論が出来る2人の講師に恵まれたから僕は嬉しい。僕はこの手の話に弱い。だから話半分に読んでほしい。

ではなぜ後期の土器はこんなのっぺらぼうになってしまったのか。
それは、こう解釈すべきらしい。

こてこての縄文中期の土器も、当時は実用品として生活に用いていたのだが、ある頃から祭事用には専用の土器を作るようになったため、いわゆる土器は本来の実用品、すなわち生活のための道具(シンプル・イズ・ベスト)に戻っていった・・・と考えるべきだと。なるほどな~。もちろん、いろんな研究に基づいての推論だろうけれど、何だか説得力があるよな。当然、その説を裏付けるような"祭事専用品"も出土されているのだろう。

僕にとっては、縄文後期のこの土器は全く魅力がない。
それは、僕が対象を芸術として見ているからだろう。器とか容器としてみたら、縄文後期の土器は洗練されて無駄のないフォルムで、機能的だったとも思う。でも僕は新潟で出土された火焔土器に代表される、あの爆発する土器が大好きだ!


さて、散々言いまくったから、ちょっとクールダウン。


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いわゆる竪穴式住居を復元したエリアもある。
この中に入ると、また想像力をかきたてられるんだな。
煙が充満しないように、ちゃんと空気の抜け穴まである。
しかも雨は入ってこないように作られている。いいね。


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館外に出て一服していたら、こんな植木鉢を発見。おお、やるじゃん。


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縄文時代には、我が家の辺りはまるで銀座だね。これは石器時代から弥生時代までの遺跡跡だそうな。これを見ると、諏訪湖の広さは今の3倍位だったってことに気づく。それにしても凄い遺跡の数だね。斑鳩だの京だの江戸なんて当然ないよ。僕が家を建てたときにも、やじりや土器の破片が山ほど出てきた。どこを掘っても遺跡だ。

そうそう、縄文土器を再発見したのは岡本太郎だって知ってる?
彼が今から50年も前に、やっぱりこれらの土器に感動して、頭の固い考古学者と真正面から向かい合った。その溢れる情熱を内に秘めながらも熱く、しかし論理的に(ちょっと意外)考古学誌に論文まで発表している。その衝撃は大きかったろうな。岡本太郎ってすごいな。改めて感動したのだ。


さて、これは《1》だから、《2》を書きたい。でも疲れたので今日はここまで。
《2》はもっと激しい毒舌になりそうな予感。
気力が保てたら、書こうと思っている。
ちょっと意味深。でも大した中身じゃない。お見通しか。(^_^;)


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この記事へのコメント

nyankome
2008年07月22日 23:41
火焔土器いいですね。芸術的なセンスは、文明の進化とは関係ないところにあると思います。

私も小学生の頃は装飾古墳やら土器やらが好きで、毎週末には地元の風土記の丘という古墳群の公園に通っていました。勿論、資料館にも。偶然ですが、今では、百舌鳥古墳群の中に住んでいます。(^_^;)
yuri
2008年07月23日 00:08
小学生の遠足で行って以来、機会がなかったのですが、春休みに子供と行ってきました。考古間も随分立派になっていて…。平日だったからか貸切状態の体験コーナー…親子で興奮して、ちょっとした道具で粘土に模様を描き、これは図工で使える!と縄文人に感謝して帰りました。そういえば、子供の頃、土笛を作りましたが、papalinさん作られませんでしたか?

岡本太郎と縄文土器の関りは知りませんでした。
週末、岡本太郎美術館へ行ってみまーす。
una
2008年07月23日 01:06
Papalinさん おひさしぶりです
この記事を読みながら古代に思いをはせると
心が雄大になりました
今までは「ただの古くて小汚い器」
これからは「ロマン溢れる芸術品」として眺められそうです
この記事を読んで縄文土器に興味がわいてきました
unaの住む県内に土器がワンサカ見られるとこあったかなぁ?
県立歴史博物館くらいじゃ お目にかかれそうにない・・・残念

>僕が家を建てたときにも、やじりや土器の破片が山ほど出てきた。どこを掘っても遺跡だ

旧・縄文銀座に住まわれているなんて
何と賑やかでうらやましいこと!!(笑)
今では静かな山間の町
いつかゆっくり訪ねてみたくなりました

PS:復帰初日の激励 ありがとうございます!!
2008年07月23日 15:57
古代に思いを馳せて。
楽しまれていますね。(^o^)
私、これでも日本史専攻なんです。だから、Papalinさんのお気持ち、すごくよくわかります。もっとも、私は、考古じゃなくて、文献史学ですけど。
でも、そのお家を建てる時に、土器が一杯出てきたって、なんか羨ましいです。歴史の上にお家が建っているみたいです。
Papalin
2008年07月24日 00:05
◆◆ 百舌鳥古墳群の中に住んでいます。

nyankomeさん、ありがとうございます。
そうでしたか。以前nyankomeさんのブログで拝見した場所は、極めて至近距離のところだったというわけですね。百舌鳥古墳群ってもしかしてあの仁徳さんの御陵があるところでしょうか。すごいなぁ。

まさか天皇のお墓が子供の頃の遊び場だったりして。ププッ ( ̄m ̄*)
 
Papalin
2008年07月24日 00:11
◆◆ 子供の頃、土笛を作りました・・・

yuriさん、ありがとうございます。
そうですか、春に来られましたか。

僕は主夫学生の頃、遠足で訪れました。まだ古い、きっと2世代前のドーム型の考古館の頃で、カビ臭かった記憶があります。yuriさんの時代とは違いますので、土笛なんて作りませんでした。なんの変哲もない尖石を見て、考古館でかびの匂いをかいで、竪穴式住居でまたかびの匂いを嗅いで帰りました。(^_^;)
 
岡本太郎のお話、また聞かせてください。
 
Papalin
2008年07月24日 00:15
◆◆ 「ただの古くて小汚い器」

unaっち、ありがとうございます。
そうそう、今でもそれは変わりないです。
でも、そこから思いを馳せてみると、楽しいですよね。誰もあの時代を目で見た人はいないんだし、時代考証だって、±何百年というようなもんでしょう? それを真顔でさも事実であるかのように説明している考古学者って、やっぱり変だよね。その点、今回の2人の講師は素晴しかったです。

> いつかゆっくり訪ねてみたくなりました

元気になったようだし、
どうぞ、お越しくださいな。(^-^ )
Papalin
2008年07月24日 00:20
◆◆ 文献史学ですけど。

沙羅さん、ありがとうございます。
ほ~ら出てきたぞ~、意外な真実。
文献史学ですかぁ。恐れいりました。

僕は縄文時代には、間違いなく言葉があったと思います。残念ながらも字がなかった。だから手掛かりが少ない、西洋人に認められない・・・。くだらないことです。これらの土器が、特定の人、特定の地域だけで発掘されたのではなく、日本各地で見つかっている。抽象を具象化して説明できる言葉がなければ無理でしょう。
クララ
2008年07月24日 18:02
Papalinさん、おひさ!
>7月21日無料!
来年行こう! My Birthdayだもの。

先週、縄文時代に接触していました。
北杜市大泉町の金生遺跡、谷戸城ふれあい歴史館などをウォークしました。約12km。
大泉で出土した縄文土器を目にして、ここ八ヶ岳の住みやすさを再認識したところです。
大きな土器の取っ手には女神の顔、中途には生まれ出る子供の顔・・・
この時代の人々の知識や感情の豊かさに、今の時代失ったものの大きさに今更ながら気づきました。
先祖の偉大さに嬉しくなりました。
Papalin
2008年07月26日 07:30
◆◆ 取っ手には女神の顔、中途には・・・

クララさん、ありがとうございます。
ちょうどクララご夫妻の噂をしていたところだったので、久しぶりにメッセージを戴いてビックリです。21日がお誕生日だったのですね。おめでとうございます。

縄文土器の文様、造形はすごいですよね。顔は割りとはっきりとそれとわかるのですが、手や足や体の部分の抽象化はどんどん進んで、デザイン化しているんです。先日訪れたメルシャン美術館の特別展で、ウィリアム・モリスがデザインの先駆者だと書かれていたのですが、先駆者は数千年前に生きた縄文人です!

アサギマダラ、今年はどうですか?
明日あたり行きたいなと思っていますが。
また電話します。
 
> 先祖の偉大さに嬉しくなりました。

その通り! 僕もそう感じました。
 
クララ
2008年07月26日 18:41
今朝お電話頂いたのに気づくのが遅くなってごめんなさい
携帯不携帯の常習者です。
電話頂いた時間ズームラインでラベンダー摘みをしていました。
数年前に教えて頂いた原村ラベンダープロジェクトの里親になったんです。
植え付け、草取り、選定などのお世話をしてご褒美に摘み取りが出来ます。
今はやりの育児放棄の区画もありますが、今やラベンダー通りといっても良いほどに育ちました。

アサギマダラはこれからが見頃だと思います。
今年はまだ行っていないんですよ。

数日前は富士山、北口浅間神社から富士山5合目まで標高1450mを登ってきました。
9月には頂上までと言う計画です。
しかし5合目は銀座の様でした。
Papalin
2008年07月28日 00:43
◆◆ 育児放棄の区画もありますが・・・

クララさん、ありがとうございます。
先週久しぶりにズームラインを通ったときに、実はクララさんを思い出したんです。ラベンダーが咲いていたので・・・。そう、育児放棄の区画があるのがちょっと残念ですね。

アサギマダラは来月でしょうか。僕の変な記憶の中に、前回はピークをちょっと過ぎてしまっていたというような記憶がありまして、今年は逃すまいぞと思っています。乱舞・・・見たいです。
 
富士山ですが。相変わらず健脚ですね~。
 
クララ
2008年08月02日 07:56
昨日、健がアサギマダラコース12km程を歩いて来ました。
ヒヨドリバナが満開でアサギマダラ乱舞していたそうです。
100匹までは数えたけど、きりがないので止めたと言っていましたよ。
Papalin
2008年08月02日 08:07
◆◆ きりがないので止めたと・・・

クララさん、ありがとうございます。
そうですか。ではそろそろ見に行けそうですね。
乱舞って凄いですよね。去年も群をなして舞っている様を見たときには感動しました!

さて、最新ブログで、スームラインのラベンダーの写真を載せました。合唱のセミナーに通う道です。綺麗ですね。里親でしたっけ? ご苦労様です。

さて、シャワーを浴びて出かける用意をしますか。きっと9:30頃に、クララ邸の上の鉢巻道路を車で走っていることでしょう。(^-^ )