《本のレビュー》 『発声法』 須賀 靖元 著

画像BISESでお世話になったベネッセが運営している「趣味のサイト」で、「小さな村のクリスマス」を連載していた。

そこでliuringさんから僕の投稿記事にコメントを戴いた。熱心な合唱ファンであり、ご自身もプロのオーケストラとも共演されて歌われたという。liuringさんのブログを読ませて戴いて、今度は僕が反応した。そしてそれがきっかけで、私にある本を紹介して下さった。それが昨日届いたこの本である。

初版は昭和40年というから、すでに40年も前の本。当然在庫などあるはずもなく、芸大図書館をはじめ、方々に問い合わせて下さり、古本のネットに出たたった一冊を探しあてて下さった。ありがたい。

早速購入し、読んでみた。

僕が興味があったのは、彼のブログ記事にあった次の一節。
<略>この教室は、都が主催し合唱指導者を育てると言う趣旨のものです。小生、そんな力量ではけしてなく、そのつもりもなく、ただ楽しく・美しく歌うことが出来れば大いに満足でした。 
その後「都民合唱団」として、全国合唱コンクール3連覇など水準は高く、プロとの競演も度々ありました。私個人にとっても、当時の指揮者であった芸大の須賀靖元先生が教えてくれた「ステレオ発声法」は、とても参考になり身につきました。それは声の響きに関する、頭声と胸声のバランスを言うものです。その方法を理解しマスターすれば、明るい声・暗い声・軽い声・重い声・前に出る声・包み込む声など、使い分けが出来るようになります。<略>

僕は彼に次のコメントを入れた。
ステレオ発声法・・・非常に興味があります。私は感覚的に、「明るい声・暗い声・軽い声・重い声・前に出る声・包み込む声など」を出していますが、これだと人に教えることが出来ません。また自分でもその理屈を理解するには及びません。是非とも知りたいと思います。

これに彼が反応してくださったというわけだ。



さて、いつものことだが、前置きが長くなってしまった。
読後の感想は、一言で言うなら「読んでよかった。ためになった。」である。

大抵、この類の本を読む場合、皆さんもそうだと思うが、まず序文を読む。一番の関心事は「なぜこの本を書くに至ったか」と「どうアプローチしたか」である。まず序を読んで、関心を持てた。非常に謙虚な方だと思った。

昭和40年(1965年)という時代を考えてみると、私事で申し訳ないが、リコーダーはまだ教育楽器ではなかったかもしれない。ぎりぎり始まった頃だろうか。本書にも、発声法についての例示として"笛"が登場するのだが、著者が意識している"笛"はリコーダーではなく、日本の伝統楽器としての横笛であることがわかる。まだそんな時代だ。そして、グループ・サウンズなるものや、アイドルの走りが出てきた頃。いわゆる"歌"が、クラシック歌手と童謡のほかに"軟派な"路線が登場した頃である。著者はこれらを否定しはするものの、全般を通して、この時代のHow to本とは思えない、しなやかさであり、そして押し付けがましいところがなかった。

作用・反作用という言葉を使っていたが、訓練や学びの場では必ず疲労や戸惑いが起こるもの。それを反作用と呼び、その場合の対処についても触れている。僕はどうしても裏を読みたがる癖があるのだが、そんな僕にも満足感を与えてくれた。

先に挙げた僕の疑問についても、溜飲が下がった。なるほど、ステレオ発声法ね。うまい呼び名を考えたものだ。他にも、蛍光燈式発声、声場など、適切な呼び名がなかったからと著者自らが命名した呼び名もわかりやすく、親しみが持てる。


僕は前にもリコーダーに関するブログでも書いたが、実技が先にあって理論で裏づけするタイプである。著者が、理論は必要であると説いた上で、
理論と実技と、どちらがさきかといえば、実技が理論に先行すべきものであります。反対の場合がけっしてないというのではありませんが、理論は実技の裏づけとして役だつのが常識です。

と書かれていた点には同感だった。


最後に、著者の考え方について、面白いと思ったこと。そして昭和40年という時代を踏まえても、こう言い切った著者に拍手を送りたいと思った箇所を。
〖歌詞のフレーズと、ハーモニーのフレーズ、音楽のフレーズなど、いずれが優先するものなのか?〗
歌詞上(例をドイツ語にとります)
 1.ドイツ人にもわかるようにするか?
 2.日本人にわかるようにするか?
 3.作曲、作詞者が、「おそらくこう思ってつくった」と
   考えられることを対象にうたうか?
 4.自分なりに感じた様式でうたってよいか?
 5.国民性や歴史的制約にしたがってうたうのか?
---etc.
 問題は以上の比較、比重の重さを考えることになります。いずれをとって実行しても、まちがっているとはいえないのですが、私は、4-5-2の順序に優先させたいと考えます。



最後の最後に、知らなかったこと。
人生には、男も女も、2度の変声期があるってこと。最初の変声期は思春期に子供の身体から大人の身体へと成長する過程に伴って起こる、よく知られている変声期。でも、壮年から老年に至る再に、二度目の変声期が訪れるようだ。

そういえば、おばあちゃんの声は低くなり、おじいちゃんの声は高くなる。老人の施設などで、男女が同音で歌っているのを耳にしたことがある。




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須賀 靖元 著 『発声法』 ・・・ 僕、千円で買ったのに。初版だったから、まぁいっか。




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この記事へのコメント

liuring
2007年07月14日 19:46
早速、読ませていただきました。先ず、短時間によくこれだけのことをスラスラと書けるものだ!と言うのが第一印象。当時の記憶は、ほとんど発生の技術的なことに終始しています。観念的なことや心理面などのお話はなかったので。今度、芸大図書館で読んでみます。 ひとつ教えてください。その本の方法論も、根底はベル・カントの流れですよね? ドイツ的発声法では、胸声・頭声のバランスがどうのと言うより、目いっぱい胸声で高音まで持っていく(パヴァロティみたい)ものと、思っていましたので。(と言っても、頭声も連響しますが) ベル・カントは、歌曲や中世ルネサンス時代の宗教曲・合唱曲に適している、と思いますが?どんなものでしょう?
ブログまで仕立てていらっしゃるpapalinさん、そのヴァイタリティに敬服します。 いろんな書き込みもあり、管理も大変でしょうに。 お身体に気をつけて、益々のご活躍をお祈りします。 わざわざのお知らせ、ほんとにありがとうございました。 liuring
2007年07月16日 11:23
興味ありますね、このご本。私も読んでみたいけど、かなりのご苦労で手に入れたご様子、ちょっと無理なようですね。

>二度目の変声期
これって、知りませんでした。驚きです。
でも、ということは、私は憧れのコントラルトに近づきつつあるのでしょうか。(^_^X)
Papalin
2007年07月18日 07:30
◆◆ ひとつ教えてください。

liuringさん、ありがとうございます。
おかげさまで、いい本と出合い、久しぶりに勉強させて戴きました。

私が引用している部分は、ほんのちょっと出てくる著者の考えの部分です。そういうところに目がいってしまいます。(笑) 内容の殆どは技術的なこと、それもわかりやすい例を用いて書かれていますので、liuringさんの印象は正しいと思います。でもまた時を経て読まれますと、当時は読み飛ばしていたところに目が行くかもしれませんね。是非また読まれてみて下さい。

お礼申し上げます。
Papalin
2007年07月18日 07:39
◆◆ ベル・カントは・・・

liuringさん、続きです。

> ベル・カントは、歌曲や中世ルネサンス時代の宗教曲・合唱曲に適している、と思いますが?どんなものでしょう?

難しいご質問を戴きました。
私は歌唱法も発声法も(この二つが別物であることも含めて)、全く詳しくなく、どちらかというと感覚的・直感的に物事を捉えてしまって、後から理論で検証・補足するタイプなので、きちんと答えられる筈もございませんことをお断りした上でですが・・・。

もともと単旋律しかなかった時代、教会で残響が数秒というようなところで歌っていた時代には、ベル・カント唱法なんて必要がなかったと思います。建物が響きを保証してくれますし、歌も独唱でなく何人かが同じ旋律を歌うわけですから、一人ひとりの歌唱テクニックはそれほど問題ではなかったと思います。
Papalin
2007年07月18日 07:43
◆◆ ベル・カントは・・・

liuringさん、続きの続きです。

ベル・カント唱法を一言でいうなら(これも感覚的な話ですが)・・・"咽喉をひらいて、呼気をもって歌い、声を前顔面に当てる"歌い方のようです。注目は最後の、前顔面に当てる・・・というところだと思っていまして、いわゆる身体の硬い部分(骨や歯、上顎の前の方の硬いところなど)に響かせる歌い方ですよね。とすると、合唱よりは独唱向きということになるのかも知れません。例えば大勢の合唱と共に独唱者がオペラを歌う場合、独唱者の声だけはよく通って聴こえてきます。そうでなければいけないのでしょうね。

人間という楽器が、低音から高音までスムーズにかつ最もよく響き渡る歌い方、それがベル・カントなんだと思います。

上手く書けませんでした。すみません。
ぺこ <(_ _)>
 
Papalin
2007年07月18日 07:51
◆◆ 歌曲や中世ルネサンス時代の・・・

liuringさん、さらに続きです。
お答えになっていませんでしたね。(笑)

これまで書いてきましたように、私は、liuringさんの仰る歌曲には向いた発声だと思います。しかし、中世~ルネサンス時代の合唱曲、宗教曲に関しましては、上記に書いたような理由から、果たしてベル・カント唱法がいいのかどうなのかはわかりません。アマチュアの歌うたいですから、それ以上はわかりません、ごめんなさい。逆に、当時の合唱曲や宗教曲にベル・カント唱法が向いているのではと思われるliuringさんのお考えを伺ってみたいです。
 
Papalin
2007年07月18日 07:57
◆◆ 目いっぱい胸声で高音まで・・・

liuringさん、最後のオマケです。
そうそう、パヴァロッティ。彼はこうした理論の外にいますよね。(笑) 彼の声や発声法は全く参考になりません。参考にできません。天賦のものだと思いますから。(笑)

僕はテノールです。僕が胸声、頭声といういわゆる声域を教わったのは、合唱を始めて間もなくの30代前半のこと。ボイストレーナーの声楽家の先生から教わりました。それ以前は僕はFかFisでひいひい言っていたのですが、いわゆる頭声の出し方を教わったら、その日のうちに、CisまたはDまで出ました(出させられました)。自分でも驚きでした。だってそんな声=音は出したことのない、自分でも知らない音だったのですから。でも、そこから俄然、歌が面白くなりました。その先生、今は合唱コンクールの審査委員長もされている大志万明子先生です。とても尊敬しています。

以上です。       (完)
 
liuring
2007年07月18日 16:10
①ちょっとした問いかけに、何項にも亘ってお答えいただくとは。全くあなたって人・・・。改めて感激ですよ!(文章を長くしないため、簡潔に。前回書ききれなかったことも。)ベルカントのことですが、言葉は違ってもほぼ同解釈のようですね。実はS40年代に、都唱と並行して個人レッスンを受けていた先生の主宰する「東京古典合唱団」に所属していた。そこでは中世・ルネサンス時代の合唱曲を歌いました。先生からは「ノンヴィブでなくても良いけど、必要以上のヴィブラートはダメ!」と、念を押されていた。ところが、ヴァイオリンの綺麗なヴィブラートで響く音が魅力的なように、声もそうしても良いのでは?との観念が捨てきれなかった。発声法ではなく唱法ですが、適度のヴィブは聞く側に心地よく、また、声量の助成にもなる。もちろん、作るヴィブではなく、自然に出来るヴィブ。しかしこのヴィブ、しっかりした支えがなければ、また、声帯を操作しては得られない。発声法にも連動する。これが合唱にはジャマになるという人もいるが、度をこさないそれは許容と思う。けして混ざらないわけじゃない。
liuring
2007年07月18日 16:16
②一人多重唱、この言葉がpapalinさんのコメに出てすぐ、ブログから聴いてみました。透明でステキな声。きっと、今まで声帯を痛めず、小さいときからの天性のものなんでしょう。ブルックナーのモテットは、3点F辺り?良く出ますよね!ここからが問題。書こうか書くまいか?悩んだけど、ここまで来たら。もし、気分が悪くなったらすぐにやめて、こんな奴とは二度と口を利かなくて良いですからね。ほんとに惜しいんですが、高音域での下腹部の支えがいま少しあれば。胸声と言うわけでなく、胸声の土台の上に乗った高音。声帯の優秀さが、苦労しなくても高音を出してくれている。声帯を無意識にコントロールできるから。その出された声は、僅かだが音程の不安定さにひびく。下腹部の支えによる胸声の上に出される高音は、多少の音程の誤差をカバーする。プロでも時折「少しフラットかな?」と思っても、通して聴くと収まっている。つまり、1音の幅がある。1/8音くらいはカバーして、聴いていておかしくない。
liuring
2007年07月18日 16:23
③前に書いたロッシーニのスタ・マ。この2曲目のARIAですが、声楽科の入試課題曲にもたまに使われます。最高音はDes。すでにお持ちなら失礼。持っているのはレーベル:LONDON、発売:ポリドール、ロンドン交響楽団、ケルテス指揮、T:パヴァロッティ。お金を使わすようになってしまいますが、良かったら聴いてみてください。上記のソフトな高音ではありませんよ。張りのある、ドイツ的な高音です。でも、とても素晴らしいです。P,PPの高音を、胸の支がありソフトに出す、これは難しいですね。しかし、papalinさんには、その要素(技術)と資本(声帯とがっしりした身体)があります。羨ましいですよ。きっと出来ます。ちなみに私は、もう少し胸声の割合が多いです。それで高音域は?と言うと、A辺りが精一杯。それ以上は頭声と響きで何とか・・・。今はとても。ここでも先のヴィブが。鼻空の上部と横隔膜とで支えられた声帯にはなんらの力が入らず、自然に出るヴィブに繋がります。
liuring
2007年07月18日 16:31
④私は全くの素人ですから、ここまで書いたことに失礼や疑問があったらお許しください。つい、熱くなってしまうんです。信念の強いpapalinさんのことだからその心配はないと思いますが、イヤ、違うよ!とか、おや~?と思うことは切り捨ててください。ほんの一部でも試してみようかと思うことがあったら、参考にしてください。なお、ベルカントは中世の合唱にとか、歌曲にとか限定的な答えをすることはなかったと、反省しています。もうひとつ書き忘れたこと。プロの歌でフラット気味はママあるけど、上ずりはほとんどないよねえ~。これは、支えを重視するからなのかなぁ~?とも思います。今回は生意気ばかり書きました。papalinさんのお答えの中から改めていくつも勉強させていただいておきながら、この挑発的なコメントの数々。②でご立腹でなければ、またの機会にお聞かせください。
liuring
2007年07月18日 23:38
⑤読み返して、一部補足します。①~④は結局何を言ってるのか、言いたいのか判りませんね。原因は、ベルカントはどんな歌に適するか?との愚問にあります。結論に達したのは、どんな歌にも適用されるべき!でした。ややもするとベルカントは「お嬢様風?」との私の勘違いがありました。ワーグナーやヴェルディのような劇的な歌劇の出現で、ベルカントは廃れかかってきた?と思っていたのです。ですから、最初に戻って須賀先生の本はどうなのかが気になって、お尋ねした。でも、少しも疑問にすることがなかったんです。ベルカントはスムーズな声の出し方、チェンジのことですから。歌曲だろうが合唱でも歌劇でも、音質・音色の変わらない低音から高音へのスムーズな発声法・歌唱法な訳ですから。
liuring
2007年07月18日 23:44
⑥少し気になってネット上で調べた記事の受け売りですが、次のとおりです。(若干の省略、言い換えあり)『高くなるに従って苦しいところが出てくる。これを乗り越えればパッサージョ(passaggio=通過)、その上の音をアクート(acuto=鋭い、激しい)と言う。それが2回ぐらいある。これをスムーズにチェンジしていくことがベルカントの真髄』とあった。ですから、ダイナミックさや声量の大小は個人の問題であり、歌い方そのものに結びつけるのは当たらない、と思い直した。言うまでもなく、どんな歌に適するか?などとはお門違いもはなはだしいこと。との結論に至った訳です。混ぜっ返したような文章を、長々とスミマセンでした。
Papalin
2007年07月19日 07:55
◆◆ 憧れのコントラルトに近づきつつ・・・

沙羅さん、ありがとうございます。
高齢になられても、話し声の高いお婆ちゃま、低音の魅力あふれるお爺ちゃまもいらっしゃるので、これは運ですかね。(笑)

この本、私は\1000で手に入れましたが、\525で出ているところがありました。下の方の本の画像をクリックして、本の名前で検索してみて下さい。日々在庫状況は変わりますが、運がいいと、出会えるかもしれません。
 
Papalin
2007年07月21日 03:37
◆◆ けして混ざらないわけじゃない。

liuringさん、ありがとうございます。
来ましたね、長文が。長文読解、苦手です。

ヴィブラートについては、私もこのブログで何度か書いています。結論はliuringさんとほぼ同じです。ヴィブラートは音楽表現の一つの手段です。常時かかる"ちりめんヴィブラート"は言語道断。あれは"音楽"してないです。感情表現の一つの手段として用いるべきというのが私の持論です。

ただ歌の場合は特に難しいですね。管楽器でも同じですが、横隔膜でのヴィブラートというのはなかなかできません。私は歌うときには適度な緊張があると、自然にヴィブラートがかかるようです。コントロール外なので、まだ自分のものになってないですが。(^_^;)
 
Papalin
2007年07月21日 03:41
◆◆ 下腹部の支えによる胸声の上に・・・

liuringさん、ありがとうございます。
まったくその通りです。自覚もしていますし、声楽の先生からも、しかも何人もの方から指摘されています。天賦のものだけで歌っているって。(笑)

こんなに立派なお腹なのに、きっとぶよ~んとしているだけで、腹筋がないんですね。お腹に注意して歌う事はできます。でも、ものすごい"注意"ですよね。皆なこんなにお腹に力入れて歌ってるのって思ってしまいます。だらけるといっぺんでそれが音となって暴露してしまいます。
 
Papalin
2007年07月21日 03:50
◆◆ P,PPの高音・・・

liuringさん、ありがとうございます。
私は合唱でも無理をしないで歌っているときは、胸声か頭声かあるいはファルセットか判別しにくいようなソフトな声がだせるようです。前述の大志万先生からお聴きしました。いわゆる胸声から頭声への変化点は大体Fis前後にあります。自分では上昇音階では意識してそこで頭声に変えるのですが、聴いている方は、割とスムーズに聴こえるようです。

でも、それをpやppで歌うのは至難の技ですね。僕は最近はファルセットが全く出なくなってしまい、ちょっと、いやかなりショックです。ファルセットが音楽として使えるのは、情けないことにGまでです。昔は1オクターブ上のFかFisまで出たのに・・・。
.・゜゜・(/。\)・゜゜・.
 
Papalin
2007年07月21日 03:57
◆◆ 上ずりはほとんどない・・・

liuringさん、ありがとうございます。
プロですが、私の印象とちょっと違います。私の印象は、極端に言いますと、フラットするのがアマチュアで、プロはシャープする・・・です。おそらくこれは、私が心地よいと感じる音やハーモニーが既にフラット傾向にあるからだ思っています。だから余計にシャープ側に触れるとそのことに気づくからなのでしょうね。

シャープするのは、ソプラノ歌手に多いような気がします。でもそれは上ずるという感じではなですけれどね。

もう一つ感じているのは、アカペラで長調の3音を歌った後に、正しい基音や5音に戻れるかです。逆にいうと、3音が純正律できちんととれないと意味のないことですけれど。

またお話しましょう。
さすがにちょっと疲れました。
(*´ー`) フッ
 
Papalin
2007年07月21日 04:02
◆◆ どんな歌にも適用されるべき!

liuringさん、ありがとうございます。
うわ、まだありました。(^_^;)

⑤は、全編に渡って、全く同感です。
クラシック音楽はベルカントでしょう。
あ、また極論してるって、どなたかに言われそうですが、ブルガリアン・ボイス、スペインやポルトガルの民謡、日本の追分や民謡、東南アジアのケチャ、そうしたものは範疇外で、それはそれで人間が生み出した素晴しい芸術だと思います。ブルガリアン・ボイスなんて、鳥肌が立つくらい好きなんです。
 
Papalin
2007年07月21日 04:07
◆◆ スムーズにチェンジしていくこと

liuringさん、ありがとうございます。
僕もそう思います。それこそがベルカントの真髄・・・まさにそう思います。

昔の人は、ベルカント唱法がナンタルカなんて、体系だって知る由もなかった。イタリアでも(おそらくいまだに)口伝えでずっと伝えられてきたようですね。今でもヨーロッパでは、発声の先生と声楽の先生は別だとか。なるほどと思ってしまいます。日本は、いまでこそアマチュアの合唱団でもボイストレーナーなる先生が指揮者の他にいらっしゃいますが、発声と声楽はやっぱり異なるものだと認識したほうがいいと思うようになりました。
 

2007年07月21日 05:09
読むのにすごく時間がかかってしまいました(笑)
私も、「ベルカントはオールラウンド」に一票♪

で、上のどこかで書かれてた「中世・ルネサンス時代の合唱曲を歌うときはノンヴィブラートで」というのは、その時代のスタイルに沿った発声を、ということからの指示だと思いますよ。ロマン派の合唱曲などの場合は、ある程度のヴィブラートは普通に使います。

Papalinさん、いつの間に“立派なお腹”になったのですか(笑)?
ちなみに「支え」ですが、私は、腹というよりはもっと下の、横隔膜を下へと引き下げる斜腹筋とか、背筋を意識するようにしています。腹もひきしまり、一石二鳥ですよ♪
Papalin
2007年07月23日 06:12
◆◆ 斜腹筋とか背筋を意識するように・・・

ねこまっくさん、ありがとうございます。
最近は筋肉の存在や、肋骨の存在を見失っているPapalinでございます。(^_^;)

横隔膜をひっぱる・・・よく身体の絵を見ます。この本にも登場していました。息は肺に吸い込むのではなく、横隔膜を下へ下げて、空気を呼び込むということですね。鼻で吸うとそれがよくわかります。息が足りなくてアップアップしちゃったときなんかに、鼻でゆっくり吸うといいみたいです。
 
昨日、12月に歌うメサイヤの練習に行ってきました。昨日はS4、A2、T2、B2の、僕好みの人数でした。でもメサイヤのハハハハハハハハ・・・・という速いパッセージ、苦手です。どうやって歌うんですか? 横隔膜・・・ですか?
 
liuring
2007年07月30日 10:51
ご無沙汰しました。papalinさん。
前回は、内容希薄な長文で疲れさせてしまいました。ゴメンナサイ。
にもかかわらず、寛容なpapalinさんのお返事に感謝します。
肩のこらない程度に、時々おじゃましますね。

ハハハハハハ、は私も大の苦手。 パヴァちゃんだって出来ないんだから、人によるんでは?
コロラトゥーラの人って尊敬しますよ。
私の聴いたつたない感想では、これは横隔膜の操作ではないですね。それではとても追いつかない。きっと、声帯と息のコンビネーションなのでは?と思います。どなたか訓練で出来るものなのか、教えてください。
その中で2~3曲目のテノールアリア、大好きです。練習中に歌わせてもらったこともあります。心が洗われますね。
Papalin
2007年07月31日 06:55
◆◆ 声帯と息のコンビネーション・・・

liuringさん、ありがとうございます。
こちらこそ、ご無沙汰しました。

そうですよね。僕も腹筋でやろうとしているのですが、速さに追いつきません。どうしたものかと途方に暮れてるところです。考え方を変えてみます。ありがとうございます。

テノールのアリアを歌われたのですね。
すごいなぁ。
 
liuring
2007年08月11日 20:02
こんにちは。 papalinさん。
発声法の本を読んできました。 用事が重っていたので、ゆっくりと言う訳にはいかず、斜め・流し読みって感じでした。 幾つかの再確認も出来ました。 デックングのことには今まで触れませんでしたね。 それからステレオvoiseが正しかったですね。 鼻腔と口腔の響きをステレオ化する。 頭声と胸声のバランスと言ったのは私の間違い。 でも、最終的にはその組み合わせより、完成に近づくのでしょう・・・ね。 おっしゃるように、なるほど硬くない文章でした。 行って、読んでみて、改めて良かったなと思いました。 ありがとうございました。
Papalin
2007年08月11日 21:11
◆◆ 改めて良かったなと思いました。

liuringさん、ありがとうございます。
再び読まれたのですね。
同じ本であっても、一回目と二回目では全く異なる印象を持つことがあります。一回目は、目新しいこと、目から鱗が落ちるようなところを探すことに夢中。でも二回目以降は、納得できる部分の再確認だったり、新しくはないけれど、定説のリーズナブルな解説だとか、そういうところに目が行ったりします。面白いものですね。

これも、liuringさんから戴いたきっかけがあってこそです。ありがとうございました。