《本のレビュー》 『NHK市民大学 バロック音楽』 磯山 雅 著

ロクな本を読まなかったので、今日は変な本(?)のレビューです。

画像今から19年前の1988年4月にNHK市民大学講座で放送された番組のテキストです。いま読み返してみますと、当時は理解力に乏しかったことがよくわかりました。

1988年と言いますと、バロック音楽とその演奏に関して、一体どういう時代であったのかといいますと・・・。(Papalinなりの説ですが)

イ・ムジチの『四季』を足がけとして、1950年代(正確には昭和30年代)に、バロック音楽というものが日本人の生活の中に突然入ってきました。1961年生まれのPapalinは、小学校の音楽の時間に、名曲鑑賞としてこの演奏を聴きました。

それまではモーツァルト、ベートーヴェンなどの、いわゆる"クラシック音楽"が過去の音楽の代名詞だったと思うのですが、バッハ以前の音楽が入ってきたことは、当時の日本人にとっては驚きだったことでしょうね。最近ではバロック音楽は、すっかり鑑賞の基本的なレパートリーとなっていますが、今から50年前は、一曲一曲が未知の世界を開くような、そんな世の中だったことでしょう。そして古くて新しい曲だとか、作曲家への関心・研究は今でも進行中であって、バロック音楽どころかルネサンス時代の音楽、更には中世の音楽まで、それらは遡って行っています。

1950、60、70年代のバロック音楽観を一言でいえばそれは、爽やかな音楽であり、ロマン派の音楽のような人間臭さがなくて、気楽に楽しめるものであったように思います。次々と、古くて新しい音楽が、そうした爽やかな演奏で聴かれた時代が1970年代までです。僕の尊敬するリコーダー奏者、フランス・ブリュッヘンも、こうした"華やかな演奏"のバロック音楽を作り上げた人の一人でもあります。ただし彼はその後古楽器での演奏に傾注し、彼の音楽そのものも大きく変わっていったのですが・・・。


さて、1980年代に入りますと、バロックの時代(17~18世紀)の楽器や、それを忠実に再現したいわゆる古楽器を使って、ちょっと印象の違う演奏が耳に入ってくるようになりました。それは、音楽学者や音楽家による研究の成果であり、当時はこう演奏していたに違いない・・・という演奏の復興であったように思います。バロック音楽の自由さの中にもルールがあって、そのルールを踏襲しながらも、雄弁な主張や激しい感情表現といったものが感じられるようになりました。これは不思議なことなのですが、例えばヴィブラートを駆使したロマンティックな演奏よりも、ノン・ヴィブラートで音のデュナーミクを強調した素朴な演奏の方が、僕には、より表情豊かに聴こえるのです。

1980年代の終わり、1988年のこの番組は、そうした大きな変化の中で放送されたものであり、過熱気味の古楽ブームが一段落した今、この本を読み返してみますと、その辺りが楽しく読むことができました。

画像



一つくらい、この本の中身に関することも書きましょう。

バロック音楽を含め、クラシック音楽を"クラシック音楽"たらしめたのには、実は音楽の世界において激変があったからなのです。ベートーヴェンの時代まで、音楽とは、その場限りのものだったのです! レコードもCDもDVDもなかったから・・・、そういうことではありません。作曲家は次々と新しい音楽を創造し、それを旬に披露するのが音楽だったのですね。このことは、今のように印刷技術がなかった/発展していなかった/あるいは高価だった(時代によって)ということも背景にありますでしょう。今日我々が当たり前のように過去の音楽を演奏しますが --- そう、僕も年に一回行くかわからないカラオケでも、過去の名曲を歌います(笑) --- たとえば、カラオケで新曲ばかりを歌う人であっても、次のシングル(?)が出たら、それはもう過去の音楽ですよね。今でこそ、こうして過去の音楽を当たり前に演奏し、歌いますが、当時は違ったのです。そして、過去の音楽を、再演、蘇演するといった文化を定着させたのが、かのメンデルスゾーンです。

彼はバッハの優れた音楽、『マタイ受難曲』を蘇らせたのです。僕はそういう意味で、とかくけなされてしまうことの多い --- 僕も正面切って彼の音楽は金持ちボンボンの作った幸せな音楽だとけなしてしまいましたが --- メンデルスゾーンの功績を評価しています。

復興に当たって、彼らの考えたことは、当時(つまりメンデルスゾーンが生きていた時代)の音楽の主流に、過去の音楽を上手く乗せることでした。だから、バッハの曲目の演奏も、やたらロマンティックだったに違いありません。グノーがバッハの『平均律』(ハ長調のプレリュード)に、優美なメロディをつけて『アヴェ・マリア』として蘇らせたのも、そのいい例だと思います。でもそんなことはどうでもいいくらい、メンデルスゾーンたちの功績は大きいと思うのです。たとえそれが結果的であったにせよ・・・です。


さて、記事を書かれた磯山さん。
松本の高校から東京の大学に進まれた方で、
Papalinが尊敬する、信州の先輩です。



ランキングに参加中です。ポチッと↓押して下さると嬉しいです。 m(_ _)m

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 田舎暮らしへ

この記事へのコメント

2007年05月01日 07:47
おはようございます。

私とバロック音楽との出会いはNHKラジオのFM放送でした。
毎朝、この番組が聞きたくて早起きし一応参考書や教科書など開いてお勉強しているつもりでした。
Ppapalinさんの文章にもありましたが、本当にこの当時のバロック音楽に対する認識はただ心地よい音楽、お勉強のBGMにはもってこいの曲というイメージがぴったりだったように思います。朝日がきらきらと当たる早朝、ふと鉛筆を走らせる手を止めて耳を傾けることもたびたびでした。
リコーダーが学習用の楽器ではなく、ルネサンスからバロックにかけて表舞台で活躍していた楽器であったことを知ったのもこの番組からでした。
「ブロック・フレーテ」というドイツ語の名前を聞いたとき何だか訳もなく嬉しかったことを覚えています。
チェンバロの響きを始めて耳にしたのもこの番組からでした。
個性的な解説者に恵まれたこの番組で教えられたことはまだまだ沢山ありました。
ベートヴェンが神さまであり初恋の人(?)でもあった10代に、この番組と出会ったことは、私にとって大きな意味があったと思います。

2007年05月01日 08:01
話は変わるのですが・・・

今回のレヴューで雑誌を取り上げられたこと嬉しくおもいました。
私の本棚にも20年以上昔の雑誌が何冊も並んでいます。
雑誌はその時代の生きた情報の宝庫です。
場所を取っても捨てられません。
先日もふと思い出したある画家について調べたとき、一番役立ったのは、1981年の「美術手帳」でした。
もうすっかり黄ばんで、見た目はいかにも年代物なのですが、内容はむしろ濃いかも・・・
今は飛ぶ鳥を落とす勢いの大家が、新人として記事を書いていたりするのを発見するのも、古い雑誌を読み返す醍醐味(?)の一つかもしれません。(笑)
Papalin
2007年05月01日 12:47
◆◆ 「ブロック・フレーテ」

aostaさん、ありがとうございます。
ちなみに、ブロックフレーテでございます。
リコーダーとか、縦笛とか、非常に親しみのある呼び方ですが、ブロックフレーテとなると、いきなり格調高くなるような気がしました。文部省唱歌を演奏する場合は縦笛とかリコーダーとかで、テレマンやヘンデルや、バロック時代の音楽を演奏する場合にブロックフレーテと呼ぶような。以前、外人と外国人の使い分けについて書いたように、僕の偏見なのですけどね。(笑)

チェンバロも、リュートも、シャルマイだの、クロムホルンだの、ツィンク(Noraさんの好きなティンク:ティンカーベルではありません・・・笑)だのといった古い時代の楽器を知ったのも、この番組でした。

僕も毎朝エアチェックはしていましたが、学校から帰ってから、タイマー録音したテープを聴いていました。朝は苦手で・・・。
 
Papalin
2007年05月01日 12:55
◆◆ 雑誌を取り上げられたこと...

aostaさん、ありがとうございます。
雑誌を取り上げたのは、苦肉の策だったのですが、棚ボタで評価戴いて、苦笑いしております。

1週間前くらいからずっとレビューのブログのことが気になっておりました。

しかし、スプリング・コンサートの前後から、この雑誌を再び読み返してみて、目から鱗状態になりました。取っておいてよかったなと。

文芸誌の場合、aostaさんの言われるような醍醐味もあるのでしょうね。一人でほくそ笑んでらしたりしてね。
 
2007年05月01日 13:57
 わたしのティンクがどうかしましたか?

 それにしても、こんなに古い雑誌、よくもまあ、と驚きつつ、続けてaostaさんのコメントを見て、さらにびっくり。
 わたしも物持ちはいい方ですが、お二人にはあきれてしまいます。(笑)

 メンデルスゾーン、まったく聴いたことなかったのですが、
 papalinさんがおっしゃるとおり、バッハがすっかりお世話になっていますので、あるブログを参考にさせていただき、最近やっといろいろと聴いてみました。
 室内楽やピアノ曲など、とても趣味が良くて、わたしはすっかり気に入ってしまいました。
2007年05月01日 13:58
> ベートーヴェンの時代まで、音楽とは、その場限りのものだったのです!

 これは「本の中身」とのことなので、久しぶりに遠慮なく反論させていただきます。(笑)

 バロック時代は、確かにその場だけの機会音楽が多かったのですが、逆にそれ以前のルネサンスや中世においては、音楽はとても大切にあつかわれ、良い音楽の楽譜はものすごく丁寧な装丁を施されて、ヨーロッパ中に広まっていたようです。
 ジョスカンやパレストリーナの作品は、バロック時代を通じて、ヨーロッパ中で日常的に演奏されていました。(今よりずっと、です)
 名だたる音楽家の作品だけでなく、作者不詳のシャンソンや巡礼歌もそうでした。
2007年05月01日 14:00
 また、ベートーヴェンよりずっと以前、他ならぬバッハが、バロック期の使い捨ての風潮に、徹底的に反抗しています。
 彼は生涯サラリーマンだったので、見過ごされがちなのですが、最後の20年は本来の職務そっちのけで、自作を後世に残すことのみに専念しています。
 まあ、非常に不真面目なサラリーマンだった、と言ってしまえば、それまでなんですが。

 書き始めたら、止まらなくなってしまった。
 ごめんなさい。では。
Papalin
2007年05月02日 07:45
◆◆ わたしのティンクがどうかしましたか?

Noraさん、ありがとうございます!
反応して下って、とても嬉しいです。

メンデルスゾーン、裕福な銀行家のボンボンというだけで、偏見を持ってしまう、情けないPapalinでした。でも、彼の音楽には挫折がないように思うのですが・・・。有名な短調のVnコンチェルトも。
 
Papalin
2007年05月02日 07:58
◆◆ 遠慮なく反論させて...

Noraさん、ありがとうございます。
Papalinは音楽もそうですが、どうもものごとを劇的に伝えてしまう傾向が強いようです。バロック時代~ベートーヴェンの時代を鑑みますと、その場限りの演奏が"多かった"というのが正しいのでしょうね。そしてそれはほかの本で読んだ知識でした。この雑誌の著者(磯山さん・・・信州人です)の名誉のために、原文を載せますと・・・

『バロック音楽の再認識への第一歩が十九世紀におけるバッハ復活にあったことは、疑いのないことだろう。十九世紀にはいるとバッハの作品の演奏や出版はにわかに活発化し、1829年にベルリンで行われたメンデルスゾーン指揮による《マタイ受難曲》蘇演が、その最初の頂点を築いた。』
 
> それ以前のルネサンスや中世においては・・・

これは知りませんでした。
☆⌒(*^∇゜)v ありがとう!
 
Papalin
2007年05月02日 08:02
◆◆ 他ならぬバッハが・・・

Noraさん、ありがとうございます。
いかにもバッハらしい、バッハだったらしそうだなぁと思って読ませて戴きました。

僕も、素人の音楽が使い捨てになるのが嫌で、せっせと音楽室に遺産を残しています。価値のある財産じゃないから、遺品かな?
 
これからもいろいろと教えて下さいね。
(^-^ ) ニコッ
 
2007年05月02日 15:29
評論家の方の集まりのようなコメントの中で、お恥ずかしいですが。
このNHK講座が、いま行われているのかと、ちょっとうれしくて読み始めました。そうですか、1988年ですか。
実は、私自身は普通科ですが、音楽系の高校に通っていました。そこで目にしていた楽器に、今にして思えば、古楽器と呼ばれるものが、あったのです。その頃は、興味がなかったのですが。
もしかしたら、古楽が何となく好きになったのは、あの頃楽器を目にしたからかな?なんて。
Papalin
2007年05月02日 17:24
◆◆ あの頃楽器を目にしたから・・・

沙羅さん、ありがとうございます。
音楽系の高校、僕の住んでいるような田舎にはありえないです。でも当時は珍しかったのではないでしょうか。今でも十分珍しいと思います。

どんな楽器があったのでしょうね。
僕の人生を振り返ってみますと、モダンなものに興味が走っていた時期というのがありまして、そういうときは、例えば骨董品や古き良きモノには目がいかないんですね。先祖さまの使ったモノを引越しのときにみんな捨ててしまったのは、今思うともったいない話です。

古楽は聴いていて安らかな気持ちになります。演奏しているときは、とんでもないんですが。
(^-^ ) ニコッ