『小さな村のクリスマス』 (23)  ~本番 (序)~


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 クリスマス礼拝の日がやってきた。僕の体調は最悪だった。

 僕は、前日に最後の復習をする予定でいた。キャスリーンさんは暗譜したという。ワルツの歌い方ができないのがもどかしいと、一人で最後の練習をするという。一方僕はといえば、楽譜は暗譜したものの、歌詞の暗譜が自信がない。そう僕は歌詞は苦手なのである。だから最後の追い込みをする予定でいた。しかし前日に大切な人から悩みを打ち明けられた。

 悩んでいる人を前に、僕もどうしたらいいか悩んだ。そして、僕は心に思っているアドヴァイスがちゃんとできなかった。そしてそれを悔やんだ。僕は手紙を書くことに決めた。手紙は、言いたいこと、伝えたいことを整然と記せる。一方、手紙やメイルは対話がない。一方通行である。諸刃の剣だが、今の僕にできること、それは手紙をしたためることである。

 とはいうものの、PCに向かっても物語のようにはすらすら書けない。手紙を書くと決めて、PCに向かったのが夜中12時を回っていた。悩みに悩んで、ようやくA45枚に渡る手紙としてまとまったときには、東の空が白んでいた。きっと、悩みを打ち明けた相手も眠れぬ夜を過ごしたに違いない。でも僕は、今日の聖歌隊の本番よりも手紙が大事だと思った。だからそうした。



 実は僕は椎間板ヘルニアがかなり悪い。右足の痺れは痛みを増し、寝返りを打てず、一晩中痛みに耐えられず、眠れないことがある。この日は、椅子に長く座っていたのが仇となり、結局横になっても痛みで眠れないまま朝を迎えた。

 午後の祝会の準備までは気が回らず、とりあえず午前の礼拝、そう、フランシスコさんとキリちゃんの洗礼式を含むクリスマス礼拝の準備だけして、家を後にした。腰と坐骨神経痛は最悪。だけど使命感で僕は教会に向かった。

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 いつものスタイルで礼拝が始まる。珍しくシルバー・グレイの上品なスーツと、一目でそれとわかるクロス模様のネクタイに身を包んだフランシスコさんと、素敵なフェミニンなニットのアンサンブルを纏ったちょっと大人っぽい装いのキリちゃんが、最前列に座っていた。

 今日の礼拝のメインである洗礼式にプログラムは進んだ。彼らがエーリッヒ・クライバー牧師から滴礼による洗礼を受けた後、神の家族として迎えられるクリスチャンとなる武具を身にまとう儀式のあと、僕はフォレスト・ベツレヘムの仲間と、彼らの洗礼を祝す歌を歌わせて戴いた。歌っているときは全く気づかなかったのだが、フランシスコさんは、僕らの歌(歌詞)を聴いて、涙にむせていたようだった。歌詞や言葉に人一倍敏感な彼らしいエピソードだ。

 フォレスト・ベツレヘムの歌が終わって、僕らはいつもの定位置、礼拝堂の2階ギャラリーに戻った。続いて、たった今洗礼を受けて、クリスチャンとなられたお二人から、"証し"があった。彼ら自身と神さまとの出会い、み言葉(聖書)との関わりについての告白、そして信仰の告白である。


 キリちゃんがまず先に演題に立った。彼女が、これまで一ヶ月かかって練り上げてきた"証し"を朗読した。彼女の証しは誠実だった。幼少の頃から教会に通っていたものの、彼女が本当に辛かったときに神さまは何もして下さらなかった。そして彼女は信仰から離れた。お母さまに連れられて再び教会を訪れたときにも、彼女は何も感じなかった。でもある時間をおいて再び教会を訪れ、礼拝に参列したときに、何故かわからないけれども、神さまの存在を体験したという。そして彼女は神さまの存在を確信した。洗礼を受けてクリスチャンとなることを自ら決めた。

 僕は、彼女の飾らないストレートな告白、そして彼女のお母さまであるキャスリーンさんの気持ちを推し測ったとき、呼吸が乱れた。雫が頬を伝わった。洗礼を受けるということは、こういうことなのか。クリスチャンにとってはきっと一生忘れることのできない式であることを実感した。


 続くフランシスコさんの証し。彼は僕と時をほぼ同じくして教会に通うようになった。彼がなぜ聖書を手にしたか、人間が行っているキリスト教は好まないこと、宗教と言う言葉が嫌いなこと、彼にとってイエスさまこそメシアであり、聖書こそが彼の生き方の導きとなった等々、彼自身の体験を生々しく赤裸々に、でもとても素直に明かされた。

 僕は彼の証しを聴いて、決して優等生的な話とは言えなかったと思うが、むしろ自分にとって偽りのないイエス=キリストとの出会いについて語られたことに、大きな感動を覚えた。それは彼自身の人柄を表すものに他ならなかった。


 二人の証しに、既に僕はボロボロだった。他人の証しにここまでボロボロになるとは、正直思っていなかった。きっとすすり上げる僕の呼吸の乱れを、隣に座っておられたアグネス聖歌隊長は気づいていたに違いない。

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 運命の巡り会わせとは、何と過酷であろうか。僕ら聖歌隊が歌う賛美歌、バッハの「こころに主イエスを」は、この証しのすぐ後だった。礼拝の司会を務められたエヴァさんも、既に2階に来られて待機していた。一足先に証しをされたキリちゃんも、ご自分の洗礼を神さまに感謝すべく、2階に上がって待機していた。エーリッヒ・クライバー牧師の導きによって、僕らの特別讃美がアナウンスされた。

 僕は、ギャラリーのセンターに立って、みんなの顔を一巡した。どうやらウルウルしていたのは、僕と、娘さんの洗礼を見守っていたキャスリーンさんの二人だったようだ。クリスチャンは、洗礼式に臨むと、必ず自分のときの体験と重ね合わせて見守っているようだ。聖歌隊のみんなも、きっとそうだったに違いなかった。最後の盟友、フランシスコさんとキリちゃんも、これで神さまの家族となられた。いまだ独り身のドン・ホセ。思いは複雑だった。

 僕の合図で、トーマス君がCDラジカセの再生ボタンを押した。ミレッラさんの快活な前奏が小さな箱の中で始まった。とにかく僕は走らないように、荘厳に歌うことだけを考えていた。歌が始まる。みんなの気持ちが、僕に一直線に向かって来るのがわかった。何て素晴らしいんだ。僕は、バッハと神さまと二人の受洗者に囲まれて、立っているんだけれども、あたかも宙に浮いて、中空で指揮をしているような、そんな不思議な気持ちで指揮を続けた。

 第5フレーズでは、トーマス君がきちんとその役割を全うしてくれた。イエス=キリストを磔にする辛い役を全うしてくれた。実はこの曲には、バスとテノールの音の高さが逆転する箇所が一箇所だけある。彼は当時テノールを歌っていた僕に、その音を交換してくれないかと申し出てきた。だけど、僕は頑として受け付けなかった。あのときを思い出すと・・・

 ドン・ホセ 「トーマス君、残念ながら僕は代わってあげないよ。これはバスに与えられた音なんだ。バスの音色でほしい高い音なんだ。わかるね、王子様の声じゃなくて、王様の声なんだよ。」

 彼は悩んだ。だってまだその頃は、実際に"音"になっていなかったから。だけど、次の練習の時には見事に歌った。それは取りも直さず、彼が王様になることができたことの証明であり、神さまから与えられた"音"を感謝して素直に受け入れたからに違いないと僕は思った。

 トーマス君も暗譜で歌っていた。今日のこの胸を張った君の歌唱を一ヶ月前に誰が予想したろうか。すごいぞ、トーマス!


 一番が終わった。素晴らしい。神さまを讃美する、歌で讃美する、それが賛美歌。まさにその通りだった。素晴らしい。一番の終わりの音は、気合が入りすぎて、いくぶんアクセントがついてしまったけど、ワルツはどこかにいっちゃったけど、そんなことはもうどうでもいいことだった。

 二番に至る間奏になって急に、僕は熱いものが込み上げてくるのがわかった。まずい。咄嗟に僕は下を向いた。みんなに顔を見せられなかった。その間、一体何秒だったろう。あとからアグネスさんが「ドン・ホセさんは、一番が終わったところで険しい表情になった。何を怒っているのかと思うくらいの顔つきだった」と伝えてくれたが、ほんの短い時間に僕の表情が見る見る変わっていったのだと思う。

 二番は殆ど覚えていない。何があっても冷静であるべき指揮者としては失格である。最後まで振り切れただろうか。秘策を告げておいたトーマス君が、第二指揮者として活躍してくれたのだろう。僕は釘を打つバスの4つの音も歌えなかった。声なんか出なかった。それでもボロボロな顔を上げて、指揮をしながら、一人ひとり全員とアイコンタクトした。一ヶ月の思い出が蘇る。こんな指揮者は失格だと思いながら、みんなが支えてくれたこの一ヶ月を振り返っていた。

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【 from VIDEO 】



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●エヴァさん

 今日のあなたの声は素晴らしい。あなたはクレド聖歌隊の押しも押されぬ顔です。伸びやかなその声に、僕はとても満足しています。あなたが心から神を讃美している姿は、本当に美しいのです。自信なんて意識しなくていいよ。ありがとう。

●エリザベートさん

 毎回の練習を、一番輝いた瞳で迎えてくれたのがあなたでしたね。物語では、あなただけの章は立てませんでしたが、あなたは毎回のお話に必ず絡んでくれました。立派な助演女優賞です。いい顔をして歌っていましたよ。ありがとう。

●キリちゃん

 こんなに素敵な洗礼式がほかにありましょうか。聖歌隊の一員として、あなた自身が一緒に歌って神さまを讃美した今日の式。きっと生涯忘れることはないでしょう。もしあなたにお子さんが生まれて洗礼なさるとき、今日のお母さまの想いもわかるでしょう。おめでとう。そして、ありがとう。

●シャルロットちゃん

 秋のあなたの堅信礼はとても素敵でした。幼い頃の受洗におけるイエスをメシアとしたことをリコンファームする式、初めて見させてもらいましたよ。そして今日は、あなたの大好きなキリちゃんを、神さまの新しい家族としてお祝いするシャルロットちゃん。とてもりりしかった。ありがとう。

●ミレッラさん

 今日の洗礼式を、聖歌隊の一員として迎えることができたことは、あなたにとってはとても大きいことだったのでしょうね。この日、この時を迎えるまでのミレッラさんのご苦労、本当に頭が下がります。とても清々しく歌いきって下さったあなたがそこにいました。ありがとう。

●アグネスさん

 数々のご無礼をお許し下さい。神さまの前では私は私のままって。最後までそれを貫き通しましたね。いつでも自然体でおられるあなたが眩しいです。あなたの大きな心は、まるで神さまの御心のようでした。そして僕への励まし、気遣い、本当にありがとう。

●ヒラリーちゃん

 身体をスウィングさせて歌っていたあなたのフィギュアが網膜に焼き付いています。どんな音楽も、あなたにかかると、それは神さまを讃美する最高の音楽と化します。その素直な感受性を大事にして下さい。精神的なみんなのコーチ役、ありがとう。

●キャスリーンさん

 最後まで、ワルツに拘ったのがあなたでした。どうしてもワルツのように歌えないと、涙ながらに悔やんだあなたの真摯な姿勢が忘れられません。これから時間をかけて、ティ~ヤンパ~をものにしましょ。ご令嬢の受洗、お祝い申し上げます。そして、ありがとう。

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【 from PHOTO 】

●トーマスさん

 神さまの教えに、神さまとの一対一のお祈りだけじゃダメだってあるよね。人と人との交わりの中で、隣人を愛することを学び、実践することが大事だって。僕は君から色んなことを学ばせてもらった。僕は隣人である君を愛している。それはわかってほしい。ありがとう。

●ヘルマンさん

 あなたの最後の追い込み、そして、責任ある大人としての立ち振る舞いが、僕にはまぶしかったです。教会の重責を担いながら、聖歌隊としてあなたと一緒に歌えたことを、僕は誇りに思います。でも茶目っ気溢れるヘルマンさんがとてもいい。ありがとうございました。

●フランシスコさん

 あなたにとって、こんな最高の日はありませんでしたね。あなたが心から望んだ受洗。それに僕も微力ながら関わらせてもらえたことを嬉しく思います。君の透明な心、加齢とともに変な色がついてこないといいな。今日の君は最高に輝いていました。ありがとう。

●エーリッヒ・クライバー牧師

 教会の顔でありながら、聖歌隊を影から支えて下さった先生を僕はいつも見ていました。祭司という言葉に段差はないってことを教えて下さいました。あなたのお人柄を慕って、この教会には人が集います。心から感謝致します。

●ネリーさん

 冷静なオブザーバであり、時には熱く僕の背中を押してくれました。物語で紹介したエピソードはほんの一部でしたね。僕がつまずいたり迷ったりしたときに、なぜかそれを察知されて、日ごろ頻繁なやりとりをさせて頂いているわけではないのに、タイムリーに支援して下さったのを驚いています。心からの暖かなサポートに感謝しています。

 みなさん、本当にありがとうございました。 そして・・・

                                      つづく



【注:登場人物・団体はすべてフィクションです。】
~~~ いよいよ、次回で完結! ありがとうございました。 ~~~

【写真】 教会のある原村のペンション・ヴィレッジのイルミネーション。


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この記事へのコメント

2007年01月09日 19:49
今年は雪のないクリスマスとなりました。
例年真っ白に雪化粧したクリスマスを迎えていたことを考えると、暖かいことはありがたいのですが、ちょっぴり寂しくもありました。

でも雪とは関係なく、今年は聖歌隊が発足して始めてのクリスマスでした。
 この日のために繰り返し練習してきた歌。
何も考えずに、ひたすら歌う喜びとともにあったことはすばらしい経験であったと思います。
当日は、楽譜ではなく、しっかりと指揮を見て歌うために暗譜しなさい、と言われたとおり暗譜して臨みました(笑)。
papalinさんの表情や身振りに集中できたことは大きな安心でした。
全員の気持ちが一つになった、と感じられたすばらしい瞬間、神様から与えられた祝福の瞬間だったような気がします。
2007年01月10日 00:56
◆◆ 言われたとおり暗譜して... aostaさん

読まれる方が誤解するといけませんので、補足させて頂きます。最初、8割ぐらいは頑張って暗譜して歌おうねと言ったのは、アグネスさんでした。それから彼女は練習のたびにその比率を上げ、確か最後の練習のときは、8割6分くらいまで行ってたような。あ、aostaさんはいませんでしたね。おっと、これはフィクションでした。

でも、本当に暗譜して歌われたのは素晴らしいことです。混声ではソプラノ、同声ではトップが一番暗譜しやすいんですけどね。アルトでよく頑張りました。拍手します。

表情、身振り、全部見られちゃいましたか。
午前中は棒を持たず、午後は僕は1階で、みんなは2階だったので、遠かったから棒を持ちました。あとで両方ともビデオを見せてもらったのですが、棒がないと、なんだかくねくねのいやらしい指揮ですね・・・と自分で思いました。

(o_ _)ノ彡☆バンバン ギャハハハ

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