◆IL DIVO◆ ブルックナー「モテット」から

画像
Anton Bruckner Motets
URL : http://papalin.yas.mu/W301/M002/

  ◇公開日: 2006年04月08日
  ◇連続演奏時間: 8分33秒
  ◆録音日: 1995年8月14日 (34歳)
  ◆上記の英語の曲目名をクリック
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 1995年にこのアカペラによる曲集に出会い、無伴奏合唱がこんなにも素晴らしいものだと知ることができました。これらのモテットは、ブルックナーがテキストを宗教文から用いており、それは尊いものであり、甘さや優しさだけでない、宗教的な美しさを兼ね備えている素晴らしい作品だとPapalinは思っています。本当に魂を研ぎ澄ませてくれるような、素晴らしい歌の数々です。聴いているだけにしておけば良いものを、やっぱり歌ってしまうPapalinの無謀さ...。でも、当然歌ってみたくなるような魅力溢れる曲たちです。是非、市販されているCDで、美しい合唱でお聴き下さい。まるで天上の調べのようです。


 第一曲目は、リンツに新しい礼拝堂が建立されたのを祝うミサなのなかで、神に仕える方が福音書朗読台に上がる際に歌われた曲のようです。この場所を作りたもうたのは神である...。

 第二曲目は、古今東西数ある同名曲の中でも、一二を争う素晴らしいアヴェ・マリアだと思います。それは、女声3部+男声5部という厚いハーモニーによるところも大きいでしょう。難しい曲です。

 第三曲目は、私はわが従僕ダビデを得て・・・という、実は男声5部の合唱曲です。大変美しくありながら、力強い作品です。ブルックナーにはもっと沢山の男声アカペラの曲を書いていただきたかった。なぜなら、このモテット集の中の唯一の男声合唱曲が、それは美しいハーモニーの曲だからです。

 歌っているのは、みんなPapalin。 別称 "ムトウテツヤズ" とも言います、架空の仮想的な実在し得ない混声合唱団です。

 録音は、1995年8月14日 長野県茅野市の「武藤音楽ホール」にて。

みなさまのご感想を、コメント欄に是非書いてください。


【写真】 1995年 神聖な楽曲とは全く雰囲気の異なる、職場旅行中のPapalin。

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この記事へのコメント

aosta001
2006年04月08日 22:34
Papalinさま・・・
 
この素晴らしいモテットをかくも美しく歌われたことへの敬意と感嘆の思いをこめて、今宵はあえてPapalinさまと呼ばせて頂きますね。

 ブルックナー、長いこと「食わず嫌い」でした。
なんとなく私の苦手なワグナーに似た、しつこさ、重苦しさ、のようなものがあって、積極的に聞こうという気持ちになれませんでした。
唯一の例外とも言えたものが"TE DEUM"
この曲の持つ壮麗さ、雄大さに圧倒されながらもブルックナーは陰鬱で重いという先入観は変わりませんでした。
 初めて、このモテットを聴いた時の目からうろこのような衝撃。こんなにも美しく、宗教的に深い曲を、「あの」ブルックナーが書いていたなんて!
 それまでのブルックナーのイメージが音を立てて崩れた瞬間でした。
そして、ここでこうしてPapalinさんの敬虔で素晴らしい歌声を聞かせていただき、またしてもその思いを強くいたしました。
aosta001
2006年04月08日 22:42
 それにしても、このお写真は!
無邪気といえば無邪気に笑っていらっしゃるPapalinさん。ブルックナーの宗教音楽の一つの極みとも思えるこの曲との驚きのミス・マッチ。
2006年04月09日 00:20
◆◆ ブルックナーのイメージ... aostaさんへ

 そうですか、変わりましたか。僕はいいことをしたのでしょうか。そうだとしたら嬉しいな。

 僕が子供の頃、ブルックナーのシンフォニーが一躍脚光を浴びて、朝比奈さん&大阪フィルとかも有名になっていましたが、第4番の通称「ロマンティック」くらいがかろうじて集中力が続く曲で、ほかの9曲(10曲?)のシンフォニーは、正直退屈でした。

 でも、ブルックナーの宗教曲は違いますよ。テ・デウムも僕は素晴らしいと思いますが、ホ短調のミサ曲が最高です。なぜなら、アカペラで始まる曲であることが一つの理由です。そう、もうおわかりの通り、アカペラのモテット集は更にその上を行きます。是非、ちゃんとしたCDでお聴き下さいね。

 "さま"はやめましょうよ。せめて"伯爵"くらいにして下さい。(笑)
2006年04月09日 00:26
◆◆ 驚きのミス・マッチ... aostaさんへ

 僕はこういうミス・マッチが大好きです。楽曲の素晴らしさを演奏の素晴らしさでお伝えすることができたなら、こんな写真は使わずに、ベートーヴェンのデス・マスクのような神妙な写真を使います。でも、おちゃらけているのは、演奏がヘボイからです。皆さんに、こういう曲もありますよと、お伝えするのがやっとの使命でございます。

 僕の IL DIVO Papalin シリーズのポートレイトは、そのままPapalinのアルバムになっています。というか、そうしています。私の歩いてきた道のりが、音楽とポートレイトでリンケージがとれています。貴重なブログ&音楽サイト...です。
aosta001
2006年04月09日 00:48
Papalinさん。
テ・デウム以外は良いと思えなかったブルックナーの音楽に、目を開かせてくれたのが、このモテット集の中の「アヴェ・マリア」。のんびりやの私をして、すぐにCD屋さんに走らせたほどの感動でした。
 買ってきたのは、BRILIANTの「ミサ曲全集」CD三枚組み。この中でPapalinさんのおっしゃるホ短調ミサ曲が入っていました。この曲、ブルックナーの数ある宗教曲の中でも最高の作品だと思います。
 あの始まりのキリエの美しさ!透明な女声の清らかさに男声が重なっていくときの胸が切なくなるような想い・・・言葉では言い表すことが難しい魂の音楽です。


2006年04月09日 01:02
◆◆ 言い表すことが難しい... aostaさんへ

 ね、ね、ぞくぞくっとする音楽ではないですか?
 Briliantの3枚組・・・でもお値段は\1480くらいかな、曲を知るには持って来いのシリーズです。演奏者は、超一流の有名な人ではありませんが、若手の有望株って感じで、お奨めのシリーズです。

 ぼくも3枚くらい持っていますから、もしほかの演奏もお聴きになりたければどうぞ。
aosta001
2006年04月13日 07:08
朝から、この信じられない美しさのブルックナー!
 多分、今日一日がこのブルックナーのモテットとともに過ぎるでしょう。
2006年04月13日 18:52
◆◆ 信じられない美しさ... aostaさんへ

 確かに。ブルックナーのモテットは信じられない美しさです。aostaさんのコメントを読まれた方が、Papalinの合唱が信じられない美しさだと勘違いされるといけないので、フォローさせて頂きました。(笑) 聴くのと歌うのでは大違いで...。(爆)
aosta001
2006年04月13日 20:45
今回Papalinさんがアップされたブックナーのモテット集の中で、唯一私が聞いたことのあったのは、二曲目の「アヴェ・マリア」だけです。
 アカペラで歌われる、素晴らしい男声合唱だけを集めた「アカペラ100パーセント」というCDで初めて聞きました。このタイトルだけですと、あまり魅力的に聞こえないかもしれませんが、収録されている曲はどれもこの世のものとは思えない、たえなる音楽。
 アカペラの魅力、男声合唱の素晴らしさに開眼させられたCD、と言っても過言ではありません。

 さりながら、今回のPapalinさんの合唱。
感動を与えてくれた、という意味においては、この「アカペラ100パーセント」に決して劣るものではありませんでした。テクニックではない、この曲に対する、Papalinさんの熱く真摯な思いが切々と胸を打つのです。三曲が三曲とも、ひたすらに美しく哀しいほど清らなメロディーとハーモニーが、心を振るわせます。素晴らしい!と思います。
aosta001
2006年04月13日 21:15
>Locus iste a Deo factus est (この場所を作りたもうたのは神である
 
 新しい礼拝堂が建立されたのを祝うミサ・・・
ということは、献堂式のためのミサなのですね。
信徒が集う場所にこそ神はいまして、信徒が集っていない礼拝堂は単なる建築物、その建物自体が神聖な場所であるという考えかたはしない、多くのプロテスタント教会に対して、カトリック教会の、礼拝堂(日本ではよく『お御堂』と呼ばれます)に対する考え方は、まさしく「神のための聖なる場所」にほかなりません。ですから、「献堂式」のためのミサは、神に捧げられるべく、厳かに華やかに執り行われます。
教会・礼拝堂は「神の家」なのです。

 この曲が感動的なのは人間が建てたものであるにもかかわらず、それを「神の業」と見る敬虔と、神への畏敬を、ブルックナーの素晴らしく清らかなハーモニーのうちに感じるからでしょうか。その信仰の深さに強く打たれる想いがいたします。
歌詞の意味がわからないことが残念です。
aosta001
2006年04月13日 21:30
>Ave Maria (アヴェ・マリア)

言わずと知れた「聖母マリアへの祈りの歌」ですね。
男声部の美しさはどうでしょう!
最初に女声と男声が重なる時の胸が痛く、そして熱くなるような美しさ。そして交互に歌い交わされる部分の清らかさ。マリアへの思慕に溢れた美しすぎる曲です。Papalinさんのお声、本当にうっとり聴いています。何回聴いても素晴らしいお声、素晴らしいハーモニーです。


2006年04月13日 21:45
◆◆ アカペラ100パーセント aostaさんへ

 お褒めに預かりまして、素直に嬉しいです。
 実はこの「アカペラ100パーセント」 僕も買ったんです。そして、この中に収録されていたブルックナーのモテットとプーランクのアッシジの・・・にガーンと後頭部を打たれちゃったわけ。しびれちゃったのよ。それでもって、アカペラ100パーセントは抜粋で1曲づつしか入っていないので、ちゃんとしたCDを探して手に入れ(東京で輸入版も買いました)、楽譜も買いました。こちらもドイツの出版社によるものでした。あ~あ、IL DIVOの舞台裏を喋っちゃいました。まぁいっか。(笑)
aosta001
2006年04月13日 21:47
>Offertorium: Inveni David (私はわが従僕ダビデを得て)

低く始まる男声合唱、静かに歩みを始めたかのように思えたこの曲、少しずつ、少しずつその静的な情熱が蓄積され、ぎりぎりまで水をたたえたコップから、あるとき静かにあふれ出す水のように「ハレルヤ!」と神への賛美の言葉が、あふれ、流れ出てきます。
 時につややかに晴れ晴れと、時に深く沈んで魂の奥底から響いてくるようなPapalinさん、"ムトウテツヤズ"の合唱です。

2006年04月13日 22:18
◆◆ Locus iste a Deo factus est

 歌詞は献堂式のミサのグラドゥアーレの第1節です。次のようなラテン語になります。

 Locus iste a Deo factus est
 inaestimabile sacramentum;
 irreprehensibilis est.

「この所は神がつくり給いぬ
    Locus iste a Deo factus est」
「はかり知れぬ秘蹟
    inaestimbile sacramentum」
「非の打ちどころなき
    irreprehensibilis est」

 aostaさんの仰る、「神の業と見る敬虔と、神への畏敬」の意味が表されていますね。
2006年04月13日 22:28
◆◆ Ave Maria 歌い交わされる部分...

 この曲の素晴らしさは、女声合唱/男声合唱/混声合唱の全ての素晴らしさがぎゅっと凝縮されて、たったこれだけの短い曲の中でそれらを感ずることができるところにあると思います。もちろん流れるようなメロディもさることながら、部分的に7重唱になるハーモニーの重厚さはたまりません。"ハマル"とそれは美しい響になります。高原教会で歌いたいですね、いつの日か。
2006年04月13日 22:35
◆◆ Offertorium: Inveni David

 この曲だけ男声合唱、あとは全て混声合唱なのですね。そしてこの曲には、3本のポザウネン(トロンボーン)が加わります。

 音のレンジは2オクターブ半。Papalinがかろうじて出せるレンジです。(音は出せても、音楽としては使えない音もあります)
aosta001
2006年04月14日 21:47
Offertorium: Inveni David
 >3本のポザウネン(トロンボーン)が加わります

言われて初めて気がつきました。
楽器が使われているのは、三曲中この曲のこの場面だけですよね。とても効果的に、そして気がつかなかったことが不思議なくらい印象的に響くトロンボーンです。とても美しいハーモニー^です。
 
羊飼いの少年ながら竪琴の腕前を見込まれたダビデは、精神を病んでいたサウル王の慰めるため王に仕えるようになります。ペリシテ人との戦において誰も倒せなかった巨人ゴリアテを小さな石弓で倒し、一躍民衆の人気を得るこよになりました。このことに嫉妬したサウル王は寵愛していたダビデの命を狙うようになります。かろうじて死を免れたダビデは、サウルの死後、南北に分かれていたスラエル統一してイスラエル王国を建て王となります。
賢王として知られるソロモンはこのダビデの息子です。
 
aosta001
2006年04月14日 21:48
メシア・救い主として、その誕生と苦難の生涯をイザヤ書において預言されていたキリストはこのダビデの家系から出るとされていました。
また、ナチス・ドイツによるホロコーストの際,ユダヤ人が識別のため胸につけること強要された「ダビデの星」はまさにこのイスラエルの誇りダビデ王の象徴でもあったものでした。
 ミケランジェロはじめ、多くの芸術作品のテーマとなったダビデ。
「私はわが従僕ダビデを得て」の「私」は誰なのでしょう。常識的に考えればダビデを召抱えたサウルということになるのでしょうが、この曲の宗教的性格を考えるとそう安直に考えてもいられない気がいたします。Papalinさん、もしご存知でしたら教えてください。
aosta001
2006年04月14日 21:55
papalinさんのこのブルックナー、こうして聴き終わった今、美しいだけでなく、深い敬虔な祈りに満ちたこの曲の中で神様に出会っていたような気がいたします。
2006年04月15日 09:08
◆◆ Inveni David... aostaさんへ

 おはようございます。
 まずは間違い訂正から。トロンボーンは3本ではなくて4本でした。

 歌詞の和訳が見つかりません。英訳ですが、ご紹介します。上は原語のラテン語、下が英語です。(わかりきいたことを書いてしまいました)

Inveni David servum meum, oleo sancto
meo unxi eum, manus enim mea
auxiliabitur ei et brachium meum
confortabit eum/ Alleluia.

I have found David my servant;
with my holy oil
I have annointed him;
my hand shall hold him fast,
and my arm shall strengthen him.
Alleluia.

 aostaさんの書いてくださったお話、この詩の理解を促進させます。ありがとう。

2006年04月15日 09:14
◆◆ 教えてください... aostaさんへ

 この英語訳を見ても、"私"はサウルではないでしょうか。僕の持っているCDはみな外盤なので、英訳部分を探すのですが、それとはっきり書かれたものはありません。直接的には合っていると思いますが、aostaさんの仰るように、サウルを例えに用いて、"深い意味"をもたせているのかもしれませんね。
2006年04月15日 09:19
◆◆ 聴き終わった今... aostaさんへ

 男声合唱の曲で最後をしめたのが功を奏したかも知れません。天使♪さんいわく・・・ PapalinのSopranoは聴く前に笑ってしまう ・・・ ですから。(笑)

 本当は素晴らしい曲がもっと沢山あります。ブルックナーがこんな美しい宗教曲を書く作曲家だということを知りませんでした。ミサ曲も含めて、彼の作った宗教曲は、高く評価されて然るべきだと考えます。
2006年04月15日 10:37
◆◆ 聴き終わった今... aostaさんへⅡ

 しかし、高尚な楽曲と、高尚な講評と、ちょっとだけ高尚な歌唱と・・・それに似つかない写真だなぁ。

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