本田美奈子.さん


 死んでしまった。

 急性骨髄性白血病。血液の癌。まだ38歳。有能な音楽家だったのに...無念です。

 今年1月に病気が判明して緊急入院をし、何度も重たい治療を受け、それは過酷な闘病生活だったようですが、「きっと元気になってみなさんの元に帰る」と信じて、最期まで病気と闘い続けたとのこと。涙が出ます。

 僕は、彼女がデビューした時に、『この女の子は、絶対に大物になる!』と思って、彼女のデビュー・アルバムを買いました。なにしろ、ちゃらちゃら系のアイドルばかりだった頃だったので、久しぶりに出会った大型新人という感じでした。

 一番惚れたのは歌い方。地声に近いような、ちょっとドスの効いた声での歌は、迫力がありました。なぜあんなきゃしゃな身体でこんなに力強い声が出るんだろうと、不思議でした。

 彼女が、アイドル路線に別れを告げて、グループ活動をしたり、ミス・サイゴンに代表されるようなミュージカルに出演するようになったのは、僕は大正解だと思いました。

 ミュージカルのいいところは、上演の回数分だけ、お客様を直接目の前にして、NGなしの真剣勝負をするところにあると思うのです。これは、オペラでも演劇でもバレエでも皆そうですが、そのお客様にとって「たった一度の本番」に全てをぶつけるってのがいいじゃないですか。彼女には、それがピッタリだと思い、遠くからでしたが応援していました。

 最近では、クラシックのCDコーナーに、彼女のアルバムがおかれています。ミュージカルの歌を歌ったCDを、クラシックのコーナーに置いているのかな? と思ってみたら、ミュージカルではなくて、アヴェ・マリアなどのクラシックの名曲を歌ったものではないですか。奇しくも、この曲、このアルバムが自分へのレクイエムになってしまいました。悲しいです。

 姓名判断で「字画を1つ増やせば、輝ける未来に」といわれて、名前の最後に「.」(ドット)をつけて改名したようです。なので、正式な芸名は、ホンダ・ミナコ・ドットさん。

 ご冥福をお祈りします。


【写真の撮影データ】
タイトル 「本田美奈子さんのデビュー・アルバム M'シンドローム」
カメラ機種名 EPSON Scanner GT-7600U(スキャナー)

この記事へのコメント

塾の先生
2005年11月07日 20:35
こんばんは、むとさん。
そうなんですよね、ちょいと忙しかったので何も知らないでいたら昨夜義妹から電話があってそれで知りました。50歳くらいになっての
美奈子さんを楽しみにしていたのになぁ。次の記事が胸に突き刺さりますです。
http://www.sanspo.com/geino/top/gt200510/gt2005101403.html
心からご冥福を…。
塾の先生
2005年11月07日 20:43
アドレスがどうしても途切れちゃうよ~(涙)
上記のあとに
01403.html
が続くんだけど…。
lavie
2005年11月07日 21:54
悲しいですね。とっても。
昨日、Yahooで「本田美奈子さん死去」を知りました。えーーーって思いました。
先々日のテレビで(キンスマだったかな)病院からのビデオレターで闘病生活をがんばっている美奈子さんの様子が映し出され、ああ、もうすぐ復帰できるんだなあ と楽しみにしていました。
アイドルから本格的ミュージカルスターに転身した彼女の生き様も放送していたので、ただのチャラチャラ系ではなかったのね。と改めて本田美奈子という人を知った思いでした。「ミス サイゴン」などあの細い身体からの声量。惜しい方を亡くしましたね。
また、病気でなくなったということが、ショックでもあります。
aosta001
2005年11月08日 09:25
Dinu Lipatti ディヌ・リパッティ。
1950年33歳で、白血病のため亡くなったルーマニア生まれのピアニストです。
「ブザンソン音楽祭における告別コンサート」と題されたこのCD、若い頃聴いた時は、その感性のあまりの鋭さに、好きとはいえない演奏でした。プーランクをして「神のような精神性」と言わしめた彼のバッハを聴いていると、グールド以前にグールドだったという気がしてなりません。リパッティにとってコンサートは、「音楽に対する愛の誓い」であったことを後年、夫人が書いています。だれもが危ぶんだ、ブザンソンでのコンサートにおいて、「僕は約束した。ぼくは弾かなければならない」と繰り返し、演奏を果たしたリパッティ。彼の約束とは音楽との約束です。
彼の命を削って演奏されたこのCDはライヴ録音です。彼が命をかけて守った約束、彼が伝えたかったもの。私はどれだけ受け止められたでしょう。
奇しくも、リパッティへの想いに沈んでいた時、本田さんの訃報を知りました。
多くの想いを遺していかれたことを痛いように感じます。痛すぎます。
aosta001
2005年11月08日 09:34
リパッティはこのコンサートの2ヵ月後の12月ジュネーヴ近くの自宅で亡くなりました。
その死の30分前にレコードでベートーヴェンの弦楽四重奏11番を聴いたあと、ピアノに向かってショパンの前奏曲とバッハの「シチリアーナ」を弾いた、と伝えられています。
2005年11月08日 18:17
 塾の先生,こんばんは。スポニチの記事を読みました。まさにこのCDです。クラシックの名曲を歌ったCD。無念です。
2005年11月08日 18:18
 塾の先生,URLはちゃんと入力されているのですが,表示されませんね。ちょっと使いにくいですね。
2005年11月08日 18:31
 lavieさん、昨日は悲しくて、写真のLPレコードを聴けませんでした。当時から、あの艶やかな声は変わってないように思います。自分より若い人が逝ってしまうのは、本当に切ないです。
2005年11月08日 18:46
 aostaさん、Dinu Lipattiさんですか、興味を惹かれますね。でもその前に、グールドに充分はまっています。(笑)
2005年11月08日 18:48
 aostaさん、Dinu Lipattiさんの死に方も劇的だったのですね。白血病、怖い病気です。
sakura
2005年11月08日 22:04
こんばんは。
同じく急性白血病でなくなられた方で思い出すのは 故夏目雅子さん。
元気で明るいイメージの彼女だっただけに なくなられたショック 喪失感 今も生きていたらどんな女優さんになっていたんだろうか。どんな作品を見せてくれていたんだろうか・・・そんな思いが強いですね。

故人のご冥福をお祈りいたします。
2005年11月08日 23:13
 sakuraさん、やっぱり出てきましたね、夏目雅子さん。彼女も僕の大好きな女優だったので、忘れもしません。辛い思い出が2倍になるのに耐えかねて、あえて書かなかったのですが、時間の問題でした。極道の姉御でいい演技をしていましたよね。最初は確かカネボウのイメージ・ガールでした。あのポスターも衝撃的でした。ほんと、大女優になっていたかもしれませんね。
 山口百恵さん主演の「赤い疑惑」でしたっけ、白血病と再生不良性貧血に対する知識が増えました。でも所詮あれはドラマで、現実はあんなに格好よくも綺麗でもないってこと、わかっているつもりです。
sakura
2005年11月09日 00:08
本田美奈子.さんのなくなられた悲しみを倍増させてしまったようです。ごめんなさいね。
骨髄移植・・・それができたらあなたは40歳になった夏目雅子に会えたかもしれない・・・そんなコピーがありましたね。思い出すのは元気だったころの夏目雅子さん そして本田美奈子.さん。彼女たちはいつになっても歳をとらずとびっきりの笑顔でほほえんでくれるですよね。このブログの写真のように。
2005年11月09日 07:03
 sakuraさん、本当ですね。あの二人、いつまでも年をとらないなんて、ずるいよね。
sakura
2005年11月09日 13:01
こんにちは。

>あの二人、いつまでも年をとらないなんて、ずるいよね。
そうですね。そんなところがまた涙を誘います。(ますます泣かせるようなコメントでごめんなさいね~)
2005年11月09日 22:30
 亡くなった人、あの世では、何歳の自分に帰れるのでしょうか。一番輝いていたときかな。とすれば、子供の方が、あの世では親より年上だったりしてね。
2005年11月26日 09:36
 彼女が歌った「アメイジング・グレイス」だったかな、十何年か振りにヒット・チャートのベスト7位にランクインしたとか。評価されるべきアーティストだったと思います。

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  • 立冬

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