【クラシック音楽-010】 テノール:ペーター・シュライアー Ⅵ(完)

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 ペーターの歌ですが、僕は正直に言って、僕の持っている1991年録音のCDよりも、この演奏会の方が素晴らしいと思いました。

 声の艶について昨晩書きましたが、あれも重箱云々です。書かなければ良かったと、2つ目の反省をしています。

 50歳代半ばの頃、CDで彼がろうろうと歌っていたならば、今回のステージは、せつせつと語っていました。流麗に語ってくれました。そう思うのです。そしてその語りは、節度をわきまえたものとして、限度を越える寸前まで抑揚をつけて歌っていましたし、声は完璧にコントロールされていましたし、最後まで気品に満ち溢れていました。

 ちょっとだけ、同じく神様のような二人の同業者:ルチアーノ・パヴァロッティと、ディートリヒ・フィッシャー=ディスカウとの違いを書かせてもらえるならば、彼の二人は、山の頂を越えてまで歌っていました。私達素人では考えられない高みにある山なので、十分聴き手を感動させる範疇の頂上付近であったことは間違いないのですが、残念ながら二人の晩年の歌は、緊張感がやや欠け、私にわかる程度ですが、弛緩していた点を指摘せざるをえません。それに比べると、ペーターは、いと高き山の頂か、もしかすると、彼にとってはまだ山頂に向かって登っている途中だったのかもしれませんが、そこで自らの引き際を決めたのです。
 本当に素晴らしい歌だったのです。あと何年も聴きたいくらい、今のペーターの歌を聴きたいのです。そしてそれは決して不可能なことではないように思われました。けれども退かれたのです。そういう意味でも、彼が20世紀最大のドイツ・リート歌手だったと言えると、僕は思うのです。

 ペーターの舞台から、僕はいくつかヒントをもらいました。例えば...
 - オペラ歌手のように、無理して声を張り上げる必要は全くないのだ。
   響きが大事なのだ。
 - ペーターは喉で歌っていない。お腹の支えで歌っている。
   でないと通しで24曲をも歌いきれないよね。
 - テンポを早めないでも、歌の表情でアッチェレランドできるんだ。
 - 舞台に登場したときから、胸の共鳴箱ができているんだ。
 - どこに空気が入るのか、ブレスが自然。肩も、お腹も動かない!
 - 不必要な動きは一切しない。
   これをもって、いぶし銀のような...とも言えるなぁ。
 - 僕の声も、リート向きと言わたことが何回かあります。
   自分に合った歌がいい。

 彼のほんの小さな動きも逃してはいません。例えば...
 - 伴奏者への合図は、二人だけが知っていればいい。
   ペーターの小さな頷き。
 - rit.するとき、終焉に向かうときに、ほんのちょっとだけ指揮者のように
   動く左手。
 - 殆ど動きのない中に、少年のような気持ちが溢れていた、その歌い方。
 - 一回たりとも咳払いはしなかった。
   唇を自らの水分で3度くらい湿らせた程度。

 演奏会が終わって、帰り際に、昔同じ合唱団で歌っていた知人と一緒になり、彼女が僕に尋ねました。「むとうさん、ペーター・シュライアーは如何でしたか?」 僕は答えました。「また一人、ライバルが舞台を去ってしまった。悲しいよ。」 彼女は久々のPapalin節を聴いて、懐かしそうに笑っていました。

 興奮冷めやらず、この思いを会場で出会ったaostaさんと語り合おうとして、4人でレストランに寄りました。僕は体調不十分だし、運転手なので、アルコールは控えましたが、てるちゃんとアシュピンのママは、おいしそうにキャンティを流し込んでいました。aostaさんも車なので、僕らはコーヒー。彼女と語り合おうと思って持ってきた、書き込みだらけのプログラム。それは不要でした。僕は大事なことを忘れていたのです。aostaさんは、僕の音楽(談義)のお相手である前に、ガーデニングにおいてアシュピンのママのファンだったって事。そしてもう一つ忘れていました。二人とも(実はてるちゃんもそうなのですが)大の映画ファンだって事。(笑)


【写真の撮影データ】
タイトル 「いつまでもPapalinの目指す星 ・・・ 歌手:ペーター・シュライアー氏」
カメラ機種名 EPSON Scanner GT-7600U(スキャナー)

この記事へのコメント

aosta001
2005年11月19日 10:43
papalinさん、おはようございます。
演奏会のあと、お声をかけていただいて本当にありがとうございました。まだ、シュライヤーの歌声のなごりが残っているような気がして、いつまでもホールを立ち去りがたくて、とうとう一番最後になってしまったのです。なんとも言いようのない感動に打ちのめされて茫然自失の状態でしたので、アシュピンのママさんに声をかけていただいて、初めて我に返りました。
とたんに、涙があふれてきてアシュピンのママさんを驚かせてしまいました。今思えばなんとも恥ずかしいのですが、その時はもうそれ以外の感情表現は不可能だったのです。
シュライヤーを見送り、papalinさんたちとの楽しいおしゃべりの時間。本当はもっと演奏会についての話をしたかったはずなのに、想いは言葉になりませんでした。
あまりにもなまなましい悲哀と絶望が深く沈んで、思いを言葉に置き換えることを不可能にしてしてしまたかのようです。papalinさん、ごめんなさいね。あの時私には本当に話したいことがまだ自身でもわからなかったのです。
aosta001
2005年11月19日 11:00
papalinさん、
シュライヤーの「祈り」について。
私も同じことを感じておりました。第一曲の「おやすみ」が始まるまえ、そして、ひとつの歌を歌い終わって次の曲に移る前のしばしの時間、ある時はシュライヤーの閉じた目に、またあるときは胸当てられた手の表情に、それらの「祈り」はありました。敬虔で静謐な祈り。
papalinさんは、この歌が、シューベルトへのレクイエムだと仰いました。本当にそうなのかもしれません。
その、半生を通して数々のシューベルトを歌ってきたシュライヤー。彼のシューベルトに対する真摯な愛情、敬愛の念が、この歌をしてレクイエムの高みにまで昇華させているのかもしれませんね。
この歌曲集の完成後1年足らずで世を去ったシューベルト。シュライヤーもまた、その身を削り全身全霊をもってシューベルトへの想いを歌い上げたのではないでしょうか・・・
aosta001
2005年11月19日 11:39
シュライヤーのその第一声を聴いたその瞬間、何かとてつもないものに胸元をつかまれたような気がしました。
一瞬、目がくらむような感じのあと、条件反射のように目が熱くなりました。暗く、絶望にそこに沈んだかのような短調の曲が続いて、ふと真冬の凍えた空の高みから救いのように差し込んだ、軽やかで美しすぎるほどの旋律。澄んだ透明な高音が、うたかたの憧れを歌う「春の夢」。この曲が始まったとたんそれまでなんとか持ちこたえていた涙が一気に溢れ頬をぬらしていました。つかのまの長調から、再び短調へ。そしてまた、転調・・・憧れと絶望を行きつ戻りつする激しい心の振幅。この歌を、かつてシュライヤーの歌うように歌った人がいるでしょうか?彼はまさに「この歌を生きている」と感じたのは私だけでしょうか?この曲集を書かずにはいられなかったシューベルト、そのシューベルトを自分の演奏活動の最後のプログラムに選んだシュライヤー。
彼が「祈り」のうちに舞台を去りたかったのではと仰ったpapalinさん、papalinさんもまたシューベルトと、そしてシュライヤーと想いをひとつにしていらしたのですね。
2005年11月19日 15:55
 aostaさん、ようこそ。
 本当に素晴らしいリサイタルでしたね。実は僕も言葉にしがたくて、aostaさんに振ってしまったのです。卑怯な手を使ったものです、ごめんなさい。でも、ちゃんと僕から書かせてもらいましたよ。(笑)

 そういえば、車を駐車場に取りに行って、カノラホールの玄関前につけたときに、アシュピンのママが、ちょっと形相を変えて「aostaさん、泣いてるよ。」って耳打ちしてくれました。多分、僕と同じように、神様のような人間、CDやレコードの中にいた人に会った、喜びの涙でしょう...と僕は思いました。

> あまりにもなまなましい悲哀と絶望が深く沈んで、思いを言葉に置き換えることを不可能にしてしてしまたかのようです。

 その通りでした。aostaさんのこういう表現がPapalinのお気に入りです。(プレッシャー?)
2005年11月19日 16:15
 そうです、あれは敬虔で静謐な祈りだったに違いありません。静謐という言葉を初めて知りました。いい言葉ですね。静穏よりも、落ち着き払っている感がします。

 一曲歌っては、祈りをささげ、気持ちを次の曲に持っていく...。すると、自然に次の曲の前奏が始まる。そんな繰り返しでした。阿吽の呼吸とは、ああいうことを言うのでしょうか、Papalinは静かに感動していました。

 静謐なPapalinがそこにいたのです。
2005年11月19日 16:16
 ペーターは、シューベルトと違って、まだまだ元気でいますよね。歌こそ卒業しますが、近年力を入れている指揮の方は続けるようです。
2005年11月19日 16:31
> シュライヤーのその第一声を聴いたその瞬間...

 aostaさんの想い、ペーター・シュライアーに憧れを抱き、尊敬されているその想い、シューベルトに捧げる哀悼の念、Papalinの気持ちとひょっとしたら同じような感を抱いていたのかも知れませんね。読ませていただいて、すごく嬉しい思いがしました。Papalinと同じような印象をもたれたんだということに、なんだか嬉しさを感じてしまいました。

 「春の夢」はPapalin一押しの、一番好きな曲です。本当に、この曲に辿り着いたときに、ホッと胸を撫で下ろすんですよね。aostaさんは、それが堪えていたラクリモーサとなって溢れ出たのですね。心を動かしたところ、同じだったのですね。

> シューベルトと、そしてシュライヤーと想いをひとつにしていらしたのですね。

 残念ながら、当日はそれに気づきませんでした。リサイタルが終わって、ペーターが楽屋口から建物の外に出てきたときに、あっ! と思いました。遅かったです。でも、さようなら、またお会いしましょう...という言葉が彼に届いてよかったと思い込んでいます。
レイ
2005年11月19日 17:31
こんにちは~♪
HPに、いっぱい書き込みをしていただいて、ありがとうございました。(#^.^#)
お風邪だとか・・・?
お加減はいかがですか・・?
今日はお休みなのかしら・・?
ゆっくり養生なさってくださいませ♪

コンサート、とてもよかったみたいですね~
感動できるコンサート、行かれたかいがありましたね。
Papalinさんの、美しいリコーダーの音を聴かせていただきたいと思いつつ、なかなか来れなくて・・・(^^;
また伺いますね~
2005年11月19日 18:39
 レイさん、こんばんは。クリスマスに向けて、大忙しのようですね。イベントには僕も初参加させて頂きますよ。確か、特賞には、レイさんがラッピングされて届くんですよね。あれ、違いました?
tetu5252
2005年11月19日 18:45
私は、ペーター・シュライヤーを彼のデビュー当時の録音で聞きました(先日お話したビクターのレコードでです。Pf伴奏はワルター・オルベルツでした)そして素晴らしいとは思いつつ、その後繰り返し聴くことはありませんでした。私くらいの音楽愛好家は、みなその程度だと思います。ただ今日Papalinの、引退を目前あるいは覚悟して歌ったであろうシュライヤーの歌の心の素晴らしさを聞くにつけ・・・これまた本で読んだエドウィン・フィッシャーのスイスに於ける晩年の演奏会を評した、高名な音楽批評家のお話を・・・思い出しました。「神が、のりうつって・・・演奏させている」
2005年11月19日 19:00
 tetu5252さん、長文をありがとうございます。神が乗り移っている...、あの日のペーターは、そうだったのかもしれません。いや、そうだったに違いありません。本当に、彼自身の音楽活動の頂点にいました。まさしくGOALです。

 Papalinは、相当ひいきめに見ていると思いますので、話半分として読んでいただいても、高名な評論家さまには負けない(?)、それだけ素晴らしいリサイタルだったと感じました。

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