【クラシック音楽-002】 コントラルト歌手:キャスリーン・フェリアー

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 aostaさん一押しの、コントラルト歌手の歌う歌を初めて聴きました。

 彼女は1912年生まれ、1953年没。41歳でがんに侵されて亡くなった歌手です。彼女のCDがシリーズとして、10か12枚発売されているのを知りました。その中の一枚をまずは買って聴いてみました。それがこのCDです。

 何と、tetu5252さんもお好きな、僕も好きな、20世紀の偉大な指揮者であったあのブルーノワルターピアノ伴奏をしています。しかも、彼女の声が絶頂期だった1949年の録音で、スコットランドのエジンバラ音楽祭でのライブ版なのです。こんなに興味を引かれるCDも、最近では珍しいです。10枚以上のシリーズの中から、この一枚をベスト版の中のベスト版として選びました。

 カー・ステレオで2回通しで聴きました。そして今こうして家でヘッドフォンで3、4回目を聴いています。プログラムは演奏会でのフェリアーのナレーションで始まり、シューベルトの歌曲(若い尼僧など)が6曲、続いてブラームスが4曲、最後はシューマンの《女の愛と生涯》8曲で締められます。

 最初のインパクトは、割りと静かなもので、ウォーというようなものではありませんでした。でも2度目に聴いたときに、彼女のコントラルトの声は、メッゾ・ソプラノの声域を無理やり下げて出している声ではなく、天性のものなのだと感じました。きっと生来の声なのでしょう。

 そして、家でじっくり聴いたら、ユッシ・ビョルリングという北欧の名テノールの声と歌い方によく似ていることに気づきました。ビョルリングも、振幅の短いヴィブラートですが、独特の声をしていまして、彼が歌っていることはすぐにわかる...そんな歌手でした。フェリアーもビョルリングによく似ています。確かに、Papalinの言う"声に特徴がある"という点は合格です。

 回数を重ねて聴くうちに、どんどん引き込まれていくのは、彼女の熱情的な歌唱と、ブルーノ・ワルターの、かなりアツイ伴奏(これも意外でした)だからでしょうか、とにかく強い磁力のように、引き込まれてしまいました。ワルターが彼女を見出し、大きく育てたというか、共演によって、彼女の音楽の素晴らしさを世に広めたのですね。

 皆から愛されていた歌手、イギリスの歌の良さを再認識させた歌手、世界にファンがたくさんいた歌手。一つの時代を築いた人という感じが致しました。早すぎる死が悼まれます。

 Papalinとしては、シューベルトがとても印象に残りました。
 今宵はこのCDをもって、夜具に入りましょう。5回目は夢の中で。


【写真の撮影データ】
タイトル 「エジンバラ音楽祭のフェリアーとワルター」
カメラ機種名 EPSON Scanner GT-7600U(スキャナー)

この記事へのコメント

sakura
2005年10月13日 04:21
おはようございます。
ブルーノ.ワルターさん ピアノも弾かれるんですね。tetuさんのブログの写真で紹介していただいて以来私にとってはこれで3回話題に登場いたします。
クラシックに造詣の深くない私ですので クラシックの話題ににはほとんどコメントできませんが ワルターさん もう3度も話題に登場となると親近感を感じます。
指揮者ということですが 指揮者の中には鬼才といった風に感じられる(風貌から)かたもいらっしゃいますが ワルターさんはとても温和な方とお見受けいたしました。アツイ伴奏ということで そちらのほうに興味を持ちました。指揮者の方はもともとは演奏家だったりするんでしょうか。ほんとうによく知らなくてごめんなさい。
aosta001
2005年10月13日 05:22
papalinさん、 sakuraさん、おはようございます。このブログの題名を見たとたん、ぼんやりしていた目が覚めました。まさか!
テーマとして取り上げて頂けるなんて!!
 キャスりーン・フェリア-。マリア・カラスとは、ある意味対照的な歌い手であるだけに、papalinさんが共感して聴いて下さるか少し不安でした。でも、やっぱり「よいものはよい」だったんですね。とても、嬉しいです。そう、彼女は何回もワルターと一緒に仕事をしていますね。1952年、ワルター、ウィーンフィルによる、マーラー「大地の歌」ここで、フェリア-が歌う「告別」はまさしく彼女の「白鳥の歌」です。この時すでに自分の運命を知っていたフェリア-。そのフェリア-が、再生の象徴としての「春」を歌っています。ワルターの振る音は彼女に寄り添い、彼女を支え、彼女とともに遥かな高みまで昇るかのようです。この録音の翌年、フェリア-は41歳で世を去りました。
深く艶やかに響く彼女のコントラルト。彼女の音楽を誰よりも理解したワルター。
 sakuraさんの感じられたとうり、ワルターさん、暖かくそして”熱い"かたでした。
2005年10月13日 07:11
 sakuraさん、おはようございます。
 ブルーノ・ワルターさん、本当によく登場しますね。僕の中での彼の像は、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」に代表される、"歌うような交響楽"を聴かせてくれる指揮者でした。あるとき、名指揮者のオケとの練習風景というのがFMから流れてきたときに、"美しい声で"歌いながら指導する人として、彼が紹介されました。本当に綺麗なバリトンの声でしたよ。一方、"だみ声で"指導する人としては、かのカラヤン大先生が紹介されました。
 僕の印象としては、温和な温厚な指揮者というイメージだったので、今回のフェリアーの歌の伴奏は"意外"でした。sakuraさん、いいところに気づいて下さいました。
2005年10月13日 07:15
 続きですが、 指揮者は少なくともピアノは弾けることになっています。オケ譜を見ながらピアノで弾いてしまうくらいの、奇才が必要です。
 ですので、ワルターがピアノ伴奏というのは、ごく当たり前のことだったのですが、ピアノが弾けると、ピアノが演奏できるは、ちょっと次元が違う話で、人前で演奏会で演奏できるワルターのピアニストとしての才能は素晴らしいものだったと言えましょう。
 ついでに、ピアノ出身で指揮者に転向した人、結構大勢います。アシュケナージなど。ピアノ以外でも、チェロから転向したロストロポーヴィチや、打楽器のティンパニから転向した岩城宏之なんてかわりどころもいますです。
2005年10月13日 07:24
 aostaさん、彼女は"ガン"に侵されていたのですよね。惜しい人は早く行ってしまいます。
 そうですか、ワルターとの共演、ご存知だったのですね。フェリアーの音楽への道は、うらやむような道ではなかったようです。両親とも音楽に関係した仕事はしていましたが、彼女は今で言う中学校を卒業して、就職しています。音楽とはかけ離れた職業です。彼女の望みは、幸せな結婚生活、家庭生活にあったようです。音楽は、その生活に+アルファとして彩を添えるもの、そんな考えだったようですが、運命とはこれいかに。
 彼女のコントラルトの声に、ビビッと来ちゃった音楽家がいるんですね。彼らが彼女を音楽家にします。最初はピアニストとして。コンサート・ピアニストで十分食べていけるくらいの腕だったようですね。でも彼女は歌いたかった。そして、その声の特徴(非常に低い音が綺麗に出せるコントラルト)を見出し、音楽界に引き上げた人が、3~4人いたかと思います。その一人が、この偉大なワルターだったのですね。
塾の先生
2005年10月13日 08:10
おはようございます、むとさん、みなさん。
恥ずかしながら、フェリアーのことについての知識は皆無ですが、ワルターのピアノと聴いただけで、欲しくなっちゃいました。子ども向けアニメの悪役みたいな名前ですけど、僕が最初に好きになった指揮者がワルターです。ステレオ録音黎明期の頃のベートーヴェンとモーツアルトを最初に買ったのかな。次回CD屋さんでお勧めいただいた盤、ゲットしてみますね。
aosta001
2005年10月13日 09:57
塾の先生、こんにちは。「子供向けアニメの悪役みたいな名前」には笑ってしまいました。言われてみれば、そのとうりですね。
私の中では。「フェリア-」→「ワルター」→「マーラー」が一セットになっています。
papalinさん、岩城広之懐かしいです。サバリッシュと同時期にN響振ってた頃、思い出しました。最近はあまりテレビ見ないのですが、どうされているのでしょうか。
あのかた、お気の毒なくらい汗かきだったことも急に思い出してしまいました。
塾の先生
2005年10月13日 10:33
こんにちは、aosta001さん。幼稚なこと言って申し訳ありませぬ。彼のレコードを買ったのが小学校4年のときだったんですよ。お名前から受けた最初のイメージが「青の悪者」だった訳。でも、聴いたらそんなの吹っ飛んじゃった。それ以来しばらく「悪者」さんのばかり買ってました。いや、買ってもらってたんですけど(^^)
先日、岩城さんTVで拝見しましたが、やはり懸命に汗をぬぐってたような。
aosta001
2005年10月13日 18:27
小学校4年生でワルター!
怖い小学生です。その頃の私はといえば、ペール・ギュントの曲にあわせて勝手に振付けた自己流のダンスを踊っておりました。中でも、一番のお気に入りは、「山の魔王の宮殿にて」でした。いかにして、この不気味な雰囲気を表現しようかと、日夜、表情や身振りの研究をしておりました。
そうですね、マオリのダンスを想像していただく、とおおよその感じはつかんでいただけるかと思います。
aosta001
2005年10月13日 18:48
papalinさん、私も、かねがねフェリア-の経歴が不思議でした。30歳でデビューというのはどうしても遅すぎますものね。papalinさんはあんあ詳細な情報をどちらで入手されたのでしょうか。「でも彼女は歌いたかった」というpapalinさんの一言は、まさに彼女の想いを言い表しているように思います。
わずか10年の時間しか許されなかったフェリア-の歌への想いです。
情熱に全身を投げ出すように歌うフェリア-。けれどその声は、しっとりと照り映えて明かりを灯すかのようです。
2005年10月13日 21:46
 aostaさん、朝のReplyの続きです。起き抜けで、頭がボーっとしているうちに書いたので...。
 カラスとは対照的、確かにそうです。でも、さすがの私も、カラスと比べてはいませんよ。(笑) フェリアーもオペラを歌ってはいるようですが、そしてそれは成功をもたらしたようですが、あの声は基本的には歌曲向きでしょう。いち早くそれに気づいたので、オペラのDIVAであるカラスとは比較しませんでした。演歌歌手とロック歌手を比べないように...。(笑)

> ワルターの振る音は彼女に寄り添い、彼女を支え、彼女とともに遥かな高みまで...

 このCDのピアノ演奏もまさにそう言えるでしょう。フェリアーの才能を引き出しているだけで、決して抑制はしていないですよね。ワルターはフェリアーのファンの一人だったのでしょう。
2005年10月13日 21:50
 塾の先生、こんばんは。フェリアーについては、僕も全く知りませんでした。aostaさんから彼女の存在を聞き、それでネットでちょっと調べたりしたので、名前を覚えていて、たまたまCD屋さんでこのシリーズを目にして、一枚だけ購入した...という背景です。
 ワルターのピアノなんて、聴いたことありますか? それだけでも十分に価値があるのに、聴けば聴くほど、好きになっていってしまうフェリアーの歌、ぜひ聴いてみて下さい。暖かな母なる大地の香りがします。
2005年10月13日 22:40
 悪者、初めて気づきました。というか、教えてもらうまではそんな発想はなかったでしょう。子どもの頃って、誰もが空想科学小説を書けるんですよね。
 Walter ⇒ Mozart unt Beethoven という図式だったので、マーラーは聴いたことがないです。機会があればと思っています。
2005年10月13日 22:43
 塾の先生は、小学校4年生でクラシック音楽に興味をもってらしたんだ。すごい早くないですか?
 「青の悪者」は最高です。テレビ・マンガに出てくる怪獣って、「×××ー」って名前が多かったですものね。「ワルター」も言われてみれば...プッ。
2005年10月13日 23:43
 aostaさんのダンス、マオリ族の民族舞踊みたいなダンス、見たかったなぁ。今度機会があったらご披露して下さいな。でも、変わった趣味を持っていたんですね、ちょっと意外...でもないか。???
 ペールギュント、まさに標題音楽ですね。振りをつけようと思ったのは、ごく自然な展開ともいえますね。(得)
2005年10月13日 23:49
 aostaさん、前も書いたと思いますが、このブログのホストとして、私は皆さんからのコメントにお応えするのが務めと思っています。なので、フェリアーについても調べました。こういうときにInternetは役立ちます。大抵、その道のオタクは居るものですし、もう少し引いて客観的に把握したければ、そういうサイトもあるものです。バランスが大事ですね。一緒に感動したいってときは、前者の情報が意外と役立ちます。ちなみに私のご愛用の検索エンジンはGoogleです。(あ~あ、ねたの源泉をばらしちゃった)
 フェリアーの経歴については、ここで紹介したCDのライナーノーツにもしっかり書かれています。少しだけ補足しましょうか...。 続
2005年10月13日 23:58
 フェリアーのお父さんは音楽の先生、お母さんは早くからフェリアーにピアノを習わせました。でも、14歳で電話の交換手になります。17歳のとき、ピアノで入試に受かり、もし彼女が望んだらコンサート・ピアニストになれたのでは...というくらいの腕前だったようです。でも彼女が選んだのは、結婚、そして幸せな家庭生活だったのです。
 ところが、結婚は破局を迎えるのですが、1937年のコンクールで、彼女はピアノ部門で出場しましたが、夫が「歌手としてエントリーできるか、1シリング賭ける(なんとバカにした金額)」と言ったのが引き金になり、出場してしまう。そして何とピアノ部門と声楽部門の両方の優勝者となってしまったようです。
 彼女が自然な声で歌える歌手だったのは、実はこうした経歴のなせる技でして、幼少の頃から厳格な、保守的な声楽の教育を受けていたら、あの個性的なコントラルトはなかったろうと...。
 さわりだけですが、いかがでしょう。
sakura
2005年10月14日 00:04
こんばんは。
ブルーノ・ワルターさん 彼の指揮する演奏を一度も聞いたことがなく 知りうるのはtetuさんのところでのレコードジャケットの写真とここでのブログとコメントの内容だけなのに どんどん好きになっている(魅力を感じている)自分がいます。それだけ彼は人をひきつける力を持った(魅力にあふれた)人だったってことでしょうか。彼の写真を見て最初に持った思いがどんどん強くなっていくような気がします。
2005年10月14日 01:37
 sakuraさん、会ったことがない好きな人みたいな存在でしょう、ワルターさん。
 外国人でも、容姿から漂う、人間としての暖かさだとか、優しさって、わかるもんですね。ワルターさんは、絶対に悪者ではありませんよ。いつか、いつか、彼の音楽を聴いてみて下さい。クラシックだと思わないで、一人の人間が作り出した音楽の一つだと思って。
tetu5252
2005年10月14日 09:41
フェリアー/ワルターみなさんお好きなのですね。それぞれに熱い思い入れをお持ちの様子、嬉しく拝察しました。私もaosta001さんが最初の方でお話になった「大地の歌」が大好きです。テノールのパツァークの素晴らしさも付け加えておかないと可哀そうですが・・・あと、同じワルター/VPOとの録音で「なき子を偲ぶ歌」も忘れられません。^^
2005年10月14日 17:55
 tetu5252さん、ワルターとマーラーって、切っても切れない関係みたいですね。このCDのシリーズにも確かにマーラーが入っていました。次に聴くCDは、それになるかも知れませんね。(礼)
tetu5252
2005年10月14日 19:18
ワルターが最晩年コロムビア響で残した「巨人」は、正にワルターの使命感としか言いようのない記録だと思います。あの時期まだマーラーは特殊な存在でした。
2005年10月15日 00:54
 ワルター⇒マーラーの図式が、私の頭の中にできました。一度も聴いたことがないので、いつか聴いてみます。マーラーやブルックナーが見直されたのって、結構最近ですよね。僕はブルックナーの無伴奏宗教曲(モテット)が大好きです。もちろん「ロマンティック」も好きです。マーラーは、やっぱり僕も第一番が好きです。
aosta001
2005年10月15日 10:56
マーラー⇒ヴィスコンティという図式もありましたよね。
そう、「ベニスに死す」です。映画の冒頭に流れた5番のシンフォニー。なんともecstaticでした。
.....
ごめんなさい!娘からお呼びがかかりました。今日は英検の試験で学校に行っています。これから、お迎えに行ってきますのでまた、後ほど改めて。
2005年10月15日 13:06
 aostaさん、ヴィスコンティ所縁の地が、イタリアはトスカーナ州にあります。村ごとヴィスコンティが作ったもので、映画も撮影されたようです。僕はあまり詳しくないのですが、公的交通機関がなくて、最寄の駅(といってもかなり遠かった)からタクシーで往復しました。彼とマーラーの結びつきは知りませんでした。ヴィスコンティについては、マリア・カラスとの接点もあります。
2005年10月15日 13:07
 おぅ英検のお迎えね。生活観が溢れていて、こういうのもPapalinBlogの特徴の一つなんだろうね。
 ごめん、ちょっとトイレ行って来るね。
aosta001
2005年10月15日 19:41
「ベニスに死す」の続きです。物語はたゆたうアドリア海の波から始まります。今でこそ陸路からヴェネツィア入りするのが当たり前になってしまいましたが、主人公エッシェンバッハの時代、は海から船に乗っていくしかその手段がなかったようです。で、アドリア海の海の色が少しづつ変わって、重くよどんだカナルに入っていくのがわかる......
なにぶんにも、古えの記憶なのであやしいところもあるのですが、このシーンで流れていたのがマーラーでした。重くよどんで、暗く打ち寄せる波に、あの5番のメロディが重なると、運河の水は、マーラーの魔力にかかったかのようにだんだんその表情をかえていく

このマーラーの音楽なくしては、この映画の魅力は語れないような気がいたします。
ヴィスコンティ、マーラーのファンだったようです。

aosta001
2005年10月15日 20:01
映画に使われたマーラー。その2
勝手に「その2」です。
カラヤンに見出されたとして有名なホセ・ヴァン・ダムが主演した、「仮面の中のアリア」数々の美しいアリアに彩られたこの映画ではマーラー「大地の歌」第二楽章の「秋に消え逝く者」が、素晴らしいシーンで使われていました。
ヴェルディのオペラ「椿姫」の「ああ、そはかの人か」も印象に深い使われ方だったようにおもいます。なんといってもヴァンダム主演ですものね。
名前は忘れましたが、この映画の監督は、「カストラート」「王は踊る」を作った人だそうです。
aosta001
2005年10月15日 20:06
ヴィスコンティゆかりの旅をなさったんですか?なんてうらやましい。
彼の貴族趣味(肯定的な意味で)、独特の美意識、いずれもあれだけの時代的、文化的背景があってのものですよね。
2005年10月16日 00:05
 ほう、ヴィスコンティがマーラーの音を愛していたと...。年代的には、二人は会っているのだろうか。「ヴェニスに死す」は、指揮者が主人公の物語でしたよね。それがエシェンバッハですか? 音楽家が主人公の物語に、マーラーの5番を持ってきたのですね。使われたのは第4楽章かなぁ。
2005年10月16日 00:43
 aostaさん、仮面の中のアリア、私も見ました。カストラートも。なんだかんだ言って、クラシック音楽系の映画は結構観てますね。もちろんビデオでですが。ジェラ-ル・コルビオ監督...のようです。
 オランダ? ベルギー? どっち出身だったっけな、ホセ・ファン・ダム。カラヤンの超お気に入りでしたね。録音もいっぱい残していますね。彼があの映画の中で見せた演技、苦悩する音楽家の心中を、ものの見事に演じたように思います。もちろん、主演でいいんでしょう?
2005年10月16日 00:49
 ヴィスコンティの村は、ひょっとしたらトスカーナではなくて、もう少し北の方だったような気もします。うろ覚えです。
 僕は当時は興味がなくて、Mamalinが行きたいというからついて行っただけですが、村を丸ごと作ってしまうという発想がでかいよなぁと思いました。マリア・カラスにもあるとき近づいて、思わせぶりを見せては、風の如く消え去ってしまうという、僕にとっては、あまり良い印象ではありません。一方向に尖った芸術家だった...ということでしょうか。
aosta001
2005年10月16日 07:57
「一方向に尖った芸術家」こういう表現が、ぽんとでてくるのが怖いです。
papalinさん本当は、もの凄くシリアスな人なのかもしれません。「仮面の中のpapalinさん」仮面の下のお顔は...?
aosta001
2005年10月16日 07:59
「かぶりもの好き」の裏には、いろいろな事情があるのですね。例の、ヴェニスのマスク
に固執されたのもうなずけました。
2005年10月16日 09:55
 一方向に尖った...別に普通の表現ではな~い? 僕はaostaさんの豊富な形容詞と副詞の語彙力にただただ呆れているだけです。真似しようと思っても無理だから、お返事はPapalinの安易な表現でしかかけません。(笑)
 人間、全てが尖ってなくていいんですよね。コレだけはというものを一つでも持っていれば。別に持っていなくても何にも問題ないですけれど...。僕は音楽では、決して専門家(プロ)ではないけれど、やはり尖がっていたいと思っています。仕事は...まあそれなりに。(爆)
2005年10月16日 10:04
 被り物も、衣装も、靴も、ときには下着も、自分を自分じゃないところへ誘ってくれます。フリーメイスン的な考えかなぁ。でも、それが楽しくてね。変な帽子類だったら、たくさん持っていますよ。1998年に長野オリンピックがあり、僕は開会式の会場で、小澤征爾さんの指揮で「第九」を歌ったのですが、そのときには、イタリアで手に入れた、ピエロの帽子、そう、ヴェルディのオペラ「リゴレット」の主人公がかぶっているような帽子を手に入れ、衣装は真っ白なつなぎのスキーウェア、それにMamalinが描いてくれた、右のホッペの日の丸、左のホッペの五輪マーク。この出で立ちで当日会場に現れたら、みんなの視線がバシバシ来ました。いくつのメディアからインタビューを受けたでしょう。これも、カ・イ・カ・ン!
 結局コスプレおぢさんということか...。(悩)
aosta001
2005年10月16日 18:25
「一方向に尖った」という表現は、普通に使われているんですか?
知りませんでした。
簡潔で、わかりやすい言葉です。今日から、私の「辞書」に入れておきましょう!

一方向、(もしくはあっちこっち)へこんでる、という言い方も可なのでしょうか?
aosta001
2005年10月16日 18:32
 >被り物も、衣装も、靴も、ときには下着も自分を自分じゃないところにさそってくれます.......

この文章自体は、わからなくもないのですが、どこが”フリーメイスン的”なのか理解できません。ご指導をお願いいたします。
2005年10月16日 21:47
 aostaさん、尖っているっていうでしょう? 出る杭は打たれる、打たれる杭と同じ、その人が煌いているところ。一方向にといったのは、ある面では秀でていて、ある面では目を覆いたくなるような感じを言ったつもりです。この二つの言葉を併せて言う人は、あまりいないかも知れませんね。
 へこんでいるかぁ。どうかなぁ、未達って感じに受け取ってもらえるかなぁ。微妙っすね。

 意識的に、この前のコメントには書かなかったのですが、"前出"というのは、諏訪の放言のようですよ。それが証拠に、辞書は漢字変換しないでしょう? これを"めーで"と読んだら、立派な諏訪人ずらよ。
2005年10月16日 22:05
 aostaさん、フリーメイスンは、僕の間違いのようです。却下します。
 僕は、映画「アマデウス」を見てから、どれが本物のモーツァルトなのか解らなくなっています。きっとその疑問に対する答えは、どれもがモーツァルトの姿である...のでしょうね。映画は相当デフォルメしていると想いたいのですが。
 例えばコンスタンツェとのイチャツキや、宮廷でのオーストリア皇帝の前での下品な笑いとか、あの映画を見たときは、はっきり言ってショックでした。モーツァルトに関する、決して多くはないのですが、複数の書物を読んだ限りでは、ああいうモーツァルトの姿は肯定できませんでした。僕自身もまだ若かったしね。
2005年10月16日 22:13
 そんなモーツァルトを、僕はあるときから多重人格者のように扱うようになりました。で、これもまた要らぬ偏見なのですが、カトリックの代名詞でもあるかの、ラテン語典礼文に基づくレクイエムを自らの死を目前にして描いたモーツァルト。その彼が謎に包まれたフリーメイスンに入会、トライアングルとか、とにかく3という数字に拘った、神秘的な結社、フリーメイスン。最近では、大きな犯罪の影に、ちらちらしているようにも語られる、秘密結社。(但し、モーツァルトの時代はそうではなく、崇高な目的を持った団体だったようですので、僕の勘違いということになるのですが...)
 あとは単純な連想ゲームでした。
 仮装→仮面→違う自分→モーツァルト→秘密の香り→秘密結社→フリーメイスン。
 ということで、大変失礼致しました。
2005年10月16日 22:41
 aostaさん、放言もとい! 方言です。
aosta001
2005年10月16日 23:01
”前出”、papalinさんは、"まえで”とよまれたのでしょうか。私のつもりでは、”ぜんしゅつ”前に一度出た話、というようなニュアンスで使ったのですが.....

前述としたほうが良かったですね。
2005年10月17日 00:31
 ゼンシュツね。ちゃんと漢字変換されました。どうも勝手に決め付ける傾向があるな、今日は。前述を多用していたので、前出(ゼンシュツ)だとは思いませんでした。
 会社で、よく"マエデ"という人いるんですよ。ネイティブであること、バレバレです。(笑)
aosta001
2005年10月17日 05:37
私も、立派なネイティヴです。エヘン!
2005年10月17日 07:00
 何を隠そう、パンツをはこう、私もネイティブです。オッホン!
aosta001
2005年10月17日 09:05
「何を隠そう、パンツをはこう」って?
......沈黙
.................
もうこれ以上我慢できませんっ。。大爆笑です!
大好きですよ、こういうの。
涙流して笑い転げちゃいました。
2005年10月17日 12:38
 aostaさん、どうもありがとう。そんなに受けて下さったなんて、光栄です。でもこのギャグ、20年以上前の、yasさんのギャグだったんですよ。パクリでした。(礼)
2005年10月17日 22:23
 aostaさん、ただいま...って、aostaさんの旦那じゃないんだから。「何を隠そう...」について。
 私の通っていた学校のリコーダー・アンサンブルというサークルは、できて間もないサークルだったのですが、伝統が芽生えつつありました。その一つが、会員のプロフィール作りです。私が怪鳥...こら、アシュピンめ、登場するな...会長を務めていたときに、職権乱用で一人B4一枚の記入用紙を渡したんですね。その用紙は、質問でいっぱい。その中の一つの質問に、座右の銘だったか、好きな言葉だったか、そういうのを入れたんですよ。そうしたら、どこから見ても冗談の通じそうもないyas先輩が書いてきたのがこれ!
 涙流して笑い転げちゃいました。
2005年10月17日 22:25
 あ~あ、お互いに愛しているフェリアーのブログが、パンツの話になってしまったではないですか...。ごめんね、ジローぢゃなくて、フェリアー!
2005年10月17日 23:23
よ~し、行き着くとこまで落としちゃえ。
ということで、ネイティブ諏訪人コーナー!

私の叔母が、東京在住の人に嫁いでいったときの話を、僕が上京したときに、叔母から聞いて、顔が赤くなったお話です。ノンフィクションです。

叔母はもちろん、茅野市出身のネイティブ・スワベン・スピーカーなのですが、茅野に比べると、東京は暑くてたまらないですよね。そこへもってきて、暑い中で仕事をするわけですので、大変疲れるんですね。諏訪弁で、疲れること、しんどいことを、「ごしたい」と言います。ごしたいの語源は、「腰が痛い」だそうですが、この「ごしたい」を叔母が連発していたらしいのです。
 「ごしたい」のイントネーションは、低高高低なので、ご主人には、最初の「ご」が聞こえなかったようなのですね。それでもって、ご主人が叔母に言ったんですって。「お前、真昼間から、大丈夫か?」って...。
 お返事下さいね、aostaさん!
aosta001
2005年10月18日 05:56
今回は、沈黙する余裕もなく、ただひたすらに笑い続けてしまいました。
「腹筋が、腹筋が,,,,,,」ここって、確かにフェリア-のブログですよねえ。
 それにしても、叔母さまがその話papalinnさんにした、というのが傑作です。どういう成り行きでそんな話になったのでしょう?
その場で真っ赤になってるpapalinさん見ることができず残念!
2005年10月18日 12:39
 aostaさん、笑い話がおわかり頂けたようで、よかったですわ。
 僕は、高校を出て、一年東京は豊島区で、人より余計に勉強したのですが、そのときに、寮暮らしじゃ美味しいものも食べれないだろうって、足立区にある自宅にたまに招いてくれたんですよ。寮は3畳で、料亭暮らしのPapalinには、閉所恐怖症になる寸前だったです。当然、ラジカセしかおけないから、レコードは聴けない。なので、欲しいレコードを買うと、叔母さんの家に行って、テープに落とさせてもらっていました。
 そのときですよ~、この話を聴いたのは。Papalinがまだ純情なPrePapalinだった、18歳の時のお話です。何とも...。
aosta001
2005年10月19日 20:37
こんばんは、papalinさん。
今日は仕事で松本でした。その生き帰り、ずっとフェリア-を聴いていきました。

彼女の声のなんと響くこと!
朗々と深く、しっとりしたその声に鳥肌が立つようでした。何度も聞いている曲なのに、聞くたび魅力を増していくようです。
tetuさんはパツァークを忘れてはかわいそうとおっしゃってましたが、フェリア-の圧倒的な歌の前では、分が悪すぎませんか?
この「大地のうた」は管楽器、特に金管の使われ方に、長い間馴染めず、聴くようになったのは、ここ1,2年です。
それもフェリア-のソロの部分だけのことが多かったのですが、やっと、全曲通して聴けるようになりました。
不思議な曲です。逡巡しながら聞いているうちにいつの間にか虜になっていました。
もう、とっくにシューベルトの季節のはずが、今年はいまだ、マーラーさんの周りで
フェリア-さんにラブコールを続けています。

2005年10月20日 08:33
 車の中って、一番音楽を聴ける場所かもしれない、というのが何とも Fast Life を生きる現代人ですね。
 フェリアーの声の特徴、なぜああいう声が生まれたか...。Papalinは、若い頃からいわゆるベルカント唱法を植えつけられなかったことが、一つの大きな理由ではないかと思うのです。ベルカントは、やはり作られた歌声です。無理があるというより、遠くまで響く声にするために、最も良とされる歌い方に近づけようと、不自然なことをしているようにも思えます。
 「大地の歌」、確かにフェリアーの一人舞台(もちろんワルターの信頼のおけるオーケストラがバックにあってですが)ですね。CDの帯にも、フェリアーとワルターのことしか書かれてなかったような気がします。パツァークも充分歌っているのにね。(悲)
aosta001
2005年10月20日 09:05
そうなんですか。
確かに、どんなに低い音でもフェリアーにいたっては、楽々と発声していますね。
そしてて、どんなに低くても、どんなに小さくても本当に気持ちよく響きます。
何の無理もない自然な発声だから、聴いている側も気持ちがいいのかもしれませんね。
2005年10月20日 22:00
 aostaさん、今年はPeterが来るまで、シューベルトは封印しておきましょうか。お互いに。
aosta001
2005年10月21日 00:01
はい。そうしましょう。
2005年10月22日 11:16
 aostaさん > 無理もない自然な発声...その通りだと思いますよ。天賦の才能を兼ね備えた人って、教わらなくても、自然とわかっちゃって、自然と実現できちゃっていたりするんじゃないかと思うわけです。Papalinのリコーダーも! と自意識過剰ですが、実はかなり後になって、リコーダーの教則本なるものを読んだのですが、何だ、Papalinが自然にやってることじゃん...というのが結構ありました。余計、自慢してるように聞こえる? (困)
2005年10月24日 19:29
 シューベルト、封印するのは、何ベルト? (メダパニ メダパニ!)
aosta001
2005年10月29日 22:02
papalinさん教えてください。
ブログで紹介していらっしゃる、ワルターのピアノ伴奏によるCD、どちらで買われました?papalinさんの大絶賛に触発されてわたしも、注文したのですが、昨日になって「入手不可能につきキャンセル」という連絡がはいりました。手に入らないと聞いて余計欲しくなりました。
というわけで、お願いします。
2005年10月30日 08:33
 aostaさん、お早うございます。昨晩は、このコメントの前で時間切れとなり、寝てしまいました。
 さて、PapalinのCDの入手先は、松本パルコのWAVEと、甲府駅前のサンリンが主です。実物を見て買いたいほうなので、Amazon等は殆ど利用しません。
 このキャスリーン・フェリアーとブルーノ・ワルターとのシリーズは、10枚くらいありまして、その全てが"サンリン"に揃っていました。多分まだあると思います。問い合わせをしてみてはいかがでしょう。甲府 224-6226 営業時間は11時からです。
aosta001
2005年10月31日 05:50
早速電話してみました。
店員さん、とてもていねいに対応してくださったのですが、郵送はお願いできないようです。私は甲府には全く不案内なので、お店まで行こうかどうしようかと迷っています。
松本はといえばちょくちょく行ってるのですが、たいてい仕事がらみなのでお店を覗く時間がありません。この次は絶対行ってみます。
2005年10月31日 07:12
 松本パルコと、ライオン堂には、あのCDは多分おいてないでしょう。甲府にはあります。でも、今日は定休日なので、いっちゃだめだよ。
 甲府の駅前のいいロケーションのところにあります。店の前が駐車場になっていて、8台くらい止められます。絶対に止められます。8台止まっているところあh、みたことがありませんから。(笑)
aosta001
2005年11月05日 07:21
papalinさんおはようございます。
ヒュッシュを購入したお店で、フェリア-のCDをみつけました。
でも、私が欲しかった、ワルターのピアノ伴奏によるシューベルト他の歌曲集はすでにどなたかがお買い上げのあとでした。
でも、まだいくつかフェリア-のCDがあり、その中の何枚かを買ってまいりました。
そのひとつ、「イギリス民謡集」
この、フェリア-も素晴らしいです。”民謡”というものの評価がまだまだ低かったこの時代、フェリア-は自分のコンサートのプログラムに、好んで民謡を取り上げていたということです。このエピソードひとつにしても、肩肘張った従来のクラシック声楽家にはない、素直で自分を飾らないフェリア-の人柄が伺えます。
なによりも、彼女が初めて、公のコンサートで歌って認められた「ひなぎくに寄す」を聴くことができました。
玲瓏と響くフェリア-の歌は慰めと祝福に満ちています。
甲府の「サンリン」。雪が降る前に一度行ってみたいと思います。papalinさん、ナビゲーターお願いできます♪?

2005年11月06日 05:11
 フェリアー、今ではPapalinも知識人です。フェリアーは祖国UKの民謡、UKの土着の歌を世に知らしめた人としても有名です。それをお手伝いしたのが、彼女の声楽の先生(いわゆる作り上げる先生ではなくて、伸ばす先生)であり、ブルーノ・ワルターということなのでしょうね。
 甲府のサンリン、行ってみますかね?

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